災害が育む自然・歴史・まちづくり 
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関東大震災


 神戸と同じように強い衝撃を与えた災害があります。今から81年前の関東大震災です。この時の災害もすさまじいものでした。関東地震の震源は小田原の近くです。でも震源から離れた東京で大災害になりました。亡くなった人は10万人を超えています。神戸のように強い揺れが襲ったのは小田原とか横浜で、決して東京の揺れは強いものではありませんでした。震度6弱ぐらいです。この揺れで建物が全部壊れたわけではありません。火災によってたくさんの人が死んでいったのです。東京中が全部燃え上がりました。多くの人が避難して集まってきた状況の中で火災旋風が襲い、一瞬にして、みんな焼けてしまいました。これ以降、日本は地震といえば火災ということで、火災から人を守るための都市計画をするようになりました。都市計画での最も重要なことは広い道路をつくることです。東京のまちづくりはこの関東地震によって行われました。戦災後のまちづくりには失敗しました。名古屋は震災と戦災が同時にやってきました。そのために名古屋は戦後の復興の時に100メートル道路、錦通、広小路通、桜通という広い道をつくったのです。
 関東大震災で日本は当時の国家予算の数倍の損失を出しました。日本はとても貧しい国だったので、諸外国の人たちが寄付をしてくれたのです。それは日本にとってはものすごく大きなお金でした。それによって東京を復興させることができたわけです。でもこのダメージはあまりにも大きかったので、金融恐慌が起こりました。震災の後、日本は大陸にどんどん出て行きました。そうしなければ日本が持たなかったのだと思います。そして、中国などでいろいろないざこざを起こし、太平洋戦争へと進んでいきました。
 この関東地震の時、とてもひどくやられたところがあります。それは皇居の東側・北側と隅田川の東側の沖積低地です。同じ場所は1855年に起きた安政の大地震でもとてもひどい被害を受けています。1703年の元禄関東地震の時にも同じ場所だけがひどく被害を受けています。歴史はちゃんと私たちにどこがひどい場所かを教えてくれます。
 東京は日本の中枢がある場所です。もしもここで神戸と同じ揺れが直撃したらどんなことになるでしょうか。神戸の被害金額は10兆円でしたが、東京での被害金額は100兆円を越えるでしょう。そんな被害を出した時に世界は日本を救えるでしょうか。明らかな結論がみえます。東京はそんなこともあって世界で最も危険な場所と言われています。ミュンヘン再保険会社というところが各都市の自然災害リスク指数を出しています。それによると、世界でもトップクラスに危険な町のロサンゼルスやサンフランシスコの危険度を「100」とすると、東京・横浜の危険度は世界を圧倒して「710」もあります。そんな国に世界の人たちがいつまでもお金を投資してくれるでしょうか。なかなかそうとは思えません。しかもこんな危険なところにいろんなものを集中させています。関東大震災の教訓を生かさずに、こんな世界最悪のまちづくりをしていていいのでしょうか。
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