ことばの万国博覧会「アメリカ館」 
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入植期の英語と現在の英語―綴りと発音のカオス―


<アメリカ英語成立の歴史的背景>
大森裕實先生

大森裕實先生

1.南部大西洋沿岸地域への入植
 1584年に、エリザベス1世の寵臣だったSir Walter Raleighがロアノ−ク島へ入植しましたが、これは失敗に終わりました。成功したのは、1607年のチェサピーク湾への入植です。この時期の英国王がジェームズ1世だったことから、入植した人々はその地をジェームズタウンと名付け、それが後にヴァージニア州となります。入植者はイングランドの西部地方(Cornwall、Devon)の出身が多かったため、sを濁らせたり、母音の後の[r]をきちんと発音していました。この地域の移民が、やがて湾岸に沿って南のテキサスへと拡張し、それが南部方言になっていくのです。

入植した地域
2.ニューイングランド地域への入植
 1620年に、the Pilgrim Fathers(ピルグリム=ファーザーズ)と呼ばれる102名の人たちがMayflower号でプリマス(マサチューセッツ州ケープコッド)へ入植しました。入植者はイングランドの東部地方(East-Anglia)の出身が多く、この人たちは元々本国で母音の後の[r]は発音しませんでした。これがボストンにも残って、マサチューセッツ辺りでは今でも母音の後の[r]は発音しません。いわゆるボストンを中心とするような東部の方言が残ったのは、この時代の英語の影響だといわれています。やがて、この地域の移民は西へ向かい五大湖地域へと拡張しました。また、この地域の入植者はアルゴンキンという先住部族と共生しなければ生き残れません。ところが、アルゴンキン語は次の表現のように入植者にとっては非常に難しいものでした。

  Nquitpausuckowashâwmen (There are a hundred of us.)
                              Chénock wonck cuppee-yeâumen? (When will you return?)

そこに、SamosetとTisquantumという2人の通訳が登場します。特に後者のTisquantumは当時の人々にSquantoと呼ばれ、どうやらその地域の部族と上手く橋渡しをしてくれたようです。このSquantoは実は大昔捕えられ、スペインに連れて行かれた後にイングランドに渡り、15年経って戻ってきたという人物です。つまり、突然1620年頃に北米北東部にヨーロッパから人が入ったわけではないということを証明する逸話であり、ピジン英語の存在を示唆しています。

3.中部大西洋沿岸地域への入植
 1682年にWilliam Pennに率いられて、クェーカー教徒がペンシルヴァニアへ入植しました。彼らはスコットランド系アイルランド人の移民です。1760年にBenjamin Franklinが「ペンシルヴァニアの人口の3分の1はイングランド人、3分の1はドイツ人、残りの3分の1はスコットランド系アイルランド人である」と述べたことからも、いかにアイルランド人の入植者が多かったかが分かります。この地域の移民は、やがてミシシッピー川からカリフォルニアにかけての広大な中西部(サンベルト地帯)へと拡張しました。そして、これが「一般アメリカ語(General American)」と称されるアメリカ英語の標準変種になっていくわけです。

<英語史の区分>

英語史の区分

Old English(OE)(450-1100) :Beowulf, Anglo-Saxon Chronicle
Middle English(ME)(1100-1500) :Chaucer's Canterbury Tales
Modern English(ModE)(1500-1700)

              (1700-1900)
:Authorized Version of the Bible, Shakespeare's
works(Macbeth, Hamlet, King Lear, Othello)
:Johnson's Dictionary
Present-Day English(PE)  
 英語史の分野では、英語をOld English、Middle English、Modern English、Present-Day Englishに区分します。私たちが話しているのは、Present-Day Englishです。Old Englishといっても世界史のOldとは違い、450年から1100年ぐらいまでの英語です。代表的な作品は、英雄叙事詩のBeowulfやAnglo-Saxon Chronicle(年代記)です。Anglo-Saxon Chronicle(年代記)は日本書紀や古事記と同様に、ヴァイキングの襲来のような大きな社会的出来事を綴ったものです。それから、Old EnglishとMiddle Englishをなぜ1100年で分けているかというと、1066年にノルマン・コンクェストが起こったからです。ノルマンディー公ウィリアムに率いられたフランス人がどんどんイングランドに入ってきたので、ここからフランス語の影響を受けることになります。したがってMiddle Englishの頃には、フランス語との二言語併用状態になっていくのです。生きている時にはcow(E)、死んで食卓に上るとbeef(F)、swine(E)/pork(F)、sheep(E)/mutton(F)というのはよく知られた事柄でしょう。英詩の父チョーサーはこの時代の中部南東部方言でCanterbury Tales(カンタベリー物語)を書きました。その後、Modern Englishに入っていくのですが、これは2つに分けられます。前半の1500年から1700年をEarly Modernと言い、代表的な作品が2つあります。1つは、ジェームズ1世が命じて原典からもう一度翻訳し直し、1611年に完成したAuthorized Version of the Bible(欽定訳聖書)。もう1つがロンドンを中心とする人々が使っていた話し言葉を戯曲にしたシェイクスピアの作品です(4大悲劇といえば、Macbeth(マクベス)、Hamlet(ハムレット)、King Lear(リア王)、Othello(オセロ))。その時代を経て、Samuel Johnsonという人が今の辞書の原型を1755年に作ったのがLate Modern期。そのような歴史に鑑みると、北米に入植した時期には、Early Modern(1500-1700)の頃の英語が入ってきたと考えられます。

<入植期の英語の特徴>
 次の文は、Mayflower号でやって来た人々が出した声明です。

  <fr. Mayflower Compact(1620)>
     We whoƒe names are underwritten, the loyal ƒubjects of our dread ƒovereigne Lord, King James, by ye grace
     of God,of Great Britaine, France and Ireland, King, defender of ye faith, etc., haveing undertaken for ye glory
     of God andadvancement of ye Christian faith, and honour of our King and countrie, a voyage to plant ye firƒt
     Colonie in ye Northerne parts of Virginia, doe by theƒe preƒents ƒolemnly, and mutualy... covenant and
     combine ourƒelves togeather into a civil body politick for our better ordering and preƒervation and furtherance
     of ye end aforeƒaid...

 現代英語との相違点の1つ目はsです。ƒ(S)とsが混用されています。2つ目は、theとyeの混用です。このyeは二人称複数の主格形ではなく、当時はインクと紙が貴重だったので、その紙面を節約するために印刷屋がtheの代わりに使っていたものです。3つ目は、Britaine、togeather、Northerneなど、今と綴り字が違っています。しかし読んでみると分かるように、総じて、書き言葉にそれほど大きな差異はありません。そうすると問題の核心は、当時の話し言葉、つまり発音の差異にあると思われます。
 また、この時期の英語の注目すべき特徴として、冠詞・前置詞の用法が違っていることがあげられます。シェイクスピアは、現代英語なら冠詞が不可欠と思われる箇所で省いたり(例:creeping like snail)、現代英語の感覚では不必要な箇所で冠詞を入れたりしています(例:at the length/at the last)。さらに、前置詞のofをいろいろな意味で使っています(例:It was well done of [by] you/I brought him up of [from] a puppy)。これは、今のアメリカ英語にも残っていて、時刻表現にアメリカ英語ではofを使うことがあります。例えば2時50分を表わす時に、ten of threeと言うのです。ちなみに、ブリティッシュではten to threeと言います。つまり、toの代わりにofを使うということが今でも残っている事例です。それから、複数形のつくり方も今と昔は違っていました。シェイクスピアはeyeの複数形はeyen、shoeの複数形はshoenと、enを付けて複数にしています。現在でも、例外的にchildren、brethren、oxenが残っています。しかし、1620年頃には多くの人が今と同じように、sをつけるようになっていきました。さらに、三人称単数形の語尾が-thから-sに変わっていったということも分かります。何で検証するかというと、詩の脚韻です。どの単語とどの単語が韻を踏んでいるかというのをみてやると、当時同じ発音をしていたかどうかということが分かります。このようにして、roseとrowethは、綴りは違うが同じ発音だったということが分かるのです。また、過去形語尾の-edがだんだん弱くなったということ、語中のt音の脱落(Christmasやhasten)などもこの時期の英語の特徴です。もう1つ大事なことは、新しく造られた文字 j の使用です。現在、英語で使うローマンアルファベットは26文字ですが、 j は後から足されたものです。先ほどの英語史の区分でみたMiddle Englishの時代のチョーサーは、gentleをientyl、joyをioeyと綴っています。初めのうちは j は i の別字に過ぎなかったのですが、やがて j は固有の音価[juh]をもつようになり、今でもジャイブと言う時、綴りがjibeとgibeの2通りあります。こういった単語は、 j と g が同じ音だった頃の名残です。

<US English Movement(合衆国「英語公用語化」運動)>
 それでは、現在のアメリカ英語はどうなっているかというと、少し心配なことになっています。上院議員を務めた日系のS.I.Hayakawaという意味論学者が、1983年に「US English」という圧力団体を創りました。この団体は、英語をアメリカ合衆国の公用語とするということを法案で認めろと主張しています。現在では、1800万人の会員を数えるまでに成長していますが、初期の頃の立ち上げにはユダヤ系ノーベル文学賞作家のSaul Bellow(ソール・ベロウ)も参加しました。今では27州が、つまり50州の半分以上が何らかの形で英語をofficial language(公用語)として認めるという法案を可決したり、議会でそれを決議しているのです。本当はアメリカ合衆国の国語が何かというのは、制定しなくてもいいわけです。日本の国語が日本語だというのは、憲法にもどこにも書いてありません。しかしアメリカ合衆国は、特にイスパニック系移民やアジア系移民をたくさん抱えているので、かなり危機感を持っているのだと思われます。その結果、自分たちの言語は英語だということをどこかに明記する、あるいは成文化するということが、必要になってきているのかもしれません。これが社会的機能からみた現在のアメリカ英語のちょっとした特色ということです。

(参考文献)
・Baugh,A.C.and Cable,T.(19934)A History of the English Language.Routledge.[邦訳:『英語史』永嶋大典 et al.,1981,研究社.]
・Bryson,B.(1990)The Mother Tongue. Penguin Books.[邦訳:『英語のすべて』小川繁司,1993,研究社.]
・Bryson,B.(1996)Made in America:an Informal History of the English Language in the United States.Avon Books.
・Crystal,D.(1997)English as a Global Language.Cambridge University Press.
・岩崎春雄 et al.(訳)(1989)『英語物語』文藝春秋.[原本:The Story of English,by Robert McCrum et al.,1986,Penguin Books.]
・児馬修.(1996)『ファンダメンタル英語史』ひつじ書房.
・大森裕實.(1998)「S.I.Hayakawaと合衆国の公用語運動(US-English Movement)―R.Tatalovich(1995)Nativism Reborn?の分析を中心に―」『愛知大学外語研紀要』第25号.
・大森裕實.(1999)「歴史言語学と類型論の接点―言語変化の普遍的メカニズムを求めて―」『言語研究と英語教育』第5号(中部応用言語学研究会).
・下宮忠雄.(1999)『歴史比較言語学入門』開拓社.
・竹林滋 et al.(1998)『アメリカ英語概説』大修館書店.
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