死にゆく患者の心に聴くーターミナルケアと人間理解ー 
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患者の気持ちを理解するための4つの工夫(一)

 今日はその4つの工夫ということを残りの時間に、お話したいと思います。先に、項目だけを申し上げますと、まず第一に「よくきく」ということです。当たり前のことですけれど。二番目に「感情に焦点を当てる」ということです。三番目に「安易な励ましを避ける」ということです。四番目に「理解的な態度を取る」ということです。これが、4つの項目です。

 まず第一番目の、「よくきく」ということなんですが、「きく」という字には、2種類ありますね。「聞く」と、「聴く」。これは意味がそれぞれ少し違うんです。どういう違いがあるかというと、そこに心がこもっているかこもっていないかという違いがある。「聞く」は、「ただなんとなく聞く」という感じがします。「聴く」には、「個人的な関心を持ってしっかりと」というニュアンスが入ります。患者さんは、自分の言葉に耳を傾けてほしい、自分が言うことを聴いてほしいと例外なく思っておられるんですが、そのときに、しっかり個人的な関心を持って聴いてほしいと思っておられるんです。ただなんとなく「聞く」というわけではないんですね。「聴」で聴いてほしい。それが患者さんの心です。
 どこに注意をして聴くかというと、これが二番目になりまして、「感情に焦点を当てる」ということです。患者さんの、気持ちにいつも焦点を当てていないと、私たちは、例えばお見舞いにいったときに、普通は、内容と内容の会話になります。なかなか気持ちとか感情を表す言葉を、患者さんに返すということはできにくいんです。これは人間の通常の反応です。日常会話をするときには、会話の中に必ず「内容」と「感情」っていうのがあるんですね。事柄と感情といってもいいです。ふつう仕事上のいろんな話や書類をどうするといった会話は、全部内容と内容の会話です。そこに感情は入らないんですね。ところが、末期の患者さんが望んでおられるのは、気持ちがわかってほしいということですから、いつも感情に焦点を当てるということをしないと、本当のケアにはならない。
 ホスピスができる前に、一般の病棟でターミナルケア、末期の患者さんのケアをしていたときの経験ですけれど、私は、4人部屋の一番端の方で、カーテンを引いて、ある患者さんのところで、いろんな話をしていました。そのときに、看護婦さんが入ってこられて、廊下側の患者さんに、「いかがですか」と聞いたんですね。すごくいい聞き方でした。「ゆうべ寝られませんでしてね」と患者さんは言われました。するとその看護婦さんは、「それじゃあ先生に言って、睡眠剤を増やしてもらいましょう」「はあ」。これで会話が終わりです。これは典型的な、内容と内容の会話なんですね。その「はあ」って言われた患者さんを、帰りにちょっと横目で見ますと、「ああ、気持ちがわかってもらえなかった」というふうな顔をしておられた。寝られなかったら、つらいに決まってるわけですね。そこで、感情に焦点を当てて一言いうことができたら、後の会話は完全に変わっていたと思います。「いかがですか」「ゆうべ寝られませんでしてね」「ああそう、それはつらかったですねえ」と。まず「つらかったですね」といったら、「それじゃあ先生に言って、睡眠剤を増やしてもらいましょう」という言葉のニュアンスが変わります。「ああそう、看護婦さんすいません。それじゃあちょっとお願いできますか」「わかりました。私、間違ったらいけないから、ちゃんとメモしておきますね」「どうもありがとうございます」と。そううまくいったかどうかは知りませんけれど。とにかくそういう会話が続いていく基になるのは、「それはつらかったですね」という一言です。末期の患者さんの持っておられる気持ちというのは、いわゆる陰性感情です。つらい、さびしい、悲しい、やるせない、はかない。できたら我々が、言葉に出したくない、出しにくい感情を患者さん自身は持っておられるわけです。しかしそれをしっかり出してあげるということが、患者さんにとっては非常に大きなプラスになるわけです。「それはつらいですね」「それは寂しいね」「ああ、それは悲しいですね」という感情を示す言葉をしっかり患者さんに言ってあげるということが、本当に患者さんの心にピタッとくるんです。ぜひそういうことをお見舞いに行かれたときなどに、実現されたらいいんじゃないかと思います。  

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