死にゆく患者の心に聴くーターミナルケアと人間理解ー 
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死にゆく人にみるユーモアのセンス

 ホスピスで日々を過ごしておられる方々は、やり直しがきかない状況で日々を送っておられます。ですから、そこで何かコミュニケーションの行き違いがあったり、何かまずい関係になったりしますと、そのまずさを引き連れてその方は旅立たれるわけです。これは、非常に我々が注意をしなければいけないことですね。最期の人間関係、最期のコミュニケーションということになりますから、できるだけ間違わない方がいいです。その中で、患者さんが、そういうユーモアのセンスを持っておられて、我々を逆にケアしてくださるということがあります。これはもう本当に感動します。
 外国のお話からしますと、数年前にカナダのモントリオールで、世界のホスピス大会が開かれました。そのときにアイルランドの田舎で、ご老人のがんの末期の患者さんを在宅で看取るという仕事をしておられた女医さんがいました。この女医さんが、「患者のユーモアに助けられる」という題で発表されました。私はこの発表にずいぶん感動いたしました。
 ひとりの87歳のすい臓がんのおばあさんが、だんだん弱ってこられて、この女医さんと死を語り合うことができるような間柄になられたんです。往診に行ったときに、「どうもあと1週間くらいで、向こうへ行けそうです」とこう言われたそうです。女医さんは、「ああ、そうですか。やっぱり向こうっていうのは天国のことなんでしょ」と言いますと、この患者さんは「私、天国でも地獄でもどちらでもいいんです。きっとどちらにもたくさん友達がいると思います」と言われたそうです。そこで二人で大笑いをしたと。そういうことを発表されました。これはすごいことですね。死を迎えつつある患者さんが、そういうユーモアを分かち合うことによって、日ごろお世話になっている女医さんをねぎらったわけですね。と同時に、その死を迎えつつあるつらさや悲しさをユーモアのセンスで吹き飛ばすという、そういうことをされたんです。私は本当にこれはすばらしいなと思いました。

 ユーモアのセンスというのは、患者さんだけではなくて、そのご家族からも伺うことができます。つい最近、今年のお正月明けに体験をした例ですけども、これも私の臨床の中ではとても印象深い話でした。私は患者さんといい関係を持つためにユーモアが重要だということで、その方面のことをずっと研究してまいりました。その結果、川柳の世界に少し目を開きまして、最近かなり患者さんと川柳のやりとりをしております。
 肝臓がんの53歳の患者さんだったと思います。もう自分の死を十分受け入れて、ただとにかく苦しんだり痛んだりしないようにしてほしいということで、12月の半ばに入院をしてこられたのです。うまく鎮痛剤が効きまして、12月の末にはずいぶん痛みが取れました。しかしがんが進んで、衰弱はだんだん進んできたのです。そういうときに、最後の外泊、正月を家で迎えます。ご本人も最後だということがわかっておられるし、ご家族も最後だということはわかっている。暮れの回診のときに、患者さんが、「先生、仕方ないけどやっぱり死にたくないです」と言われるのです。それはそうでしょうね。そんな話をしてたんですが、この患者さんもやはり俳句や川柳にすごく関心を持っておられて、つらいときにうまく、ユーモアで、すっと吹き飛ばすという術を見事にされた人です。それで、ぽつんとそのあとで、「今までずいぶん先生と俳句や川柳の交換をしてきましたけど、やっぱり、今の私にとっては川柳の方がいいです」と言われた。「ああそうですか。どうしてですか」と聞くと、「俳句は四季があるでしょう。川柳には四季がないですものね」と言って、外泊に出られたんです。そんなやりとりを聞いておられた奥さんが、最後の外泊をして帰ってこられたときに、「先生、私も一句できました」と言われたんです。「そうですか。ちょっと見せてください」と言うと、すぐ出してくださって、見ますと、これはすばらしい作品です。
 “がん細胞正月ぐらいは寝て暮らせ
 ご主人は弱っておられて、外泊はできたんですけど、本当に寝正月だったんですね。奥さんはご主人の体にあるがん細胞に語りかけて、「がん細胞、おまえは今まで増殖し続けて、やがて私の愛する主人の命を奪おうとしている。それはもう2人とも受け入れて、仕方がないのだけれど、この最後の正月、その間だけ、せめてがん細胞よ、寝て暮らしてくれよ」。このなんともいえないいたわりとペーソス、そういうものがこの五・七・五に詰まってますよね。私、これ読んだときに、3人で笑ったんですけども、そのあと、私だけが熱いものがこみ上げてきて、ぽろっと、不覚にも涙を落としてしまいました。やはり、愛と思いやりの現実的な表現なんですね。両方にとって。そういう意味で、ユーモアのセンスというのは、すごく大切だなあと思います。

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