死にゆく患者の心に聴くーターミナルケアと人間理解ー 
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死を背負って生きる

 多くのことを患者さんから教えていただきましたけれど、まずその第一は、生の延長上に死があるわけではなくて、私たちは日々死を背負って生きている存在である、ということです。普通私たちは、元気で病気をしないで生きているときには、生の延長上に死があるというように思っています。ところが、実際にホスピスという場で仕事をしておりますと、私たちは死を背負って生きているということが本当に実感としてわかります。私が現在も非常勤で勤めております淀川キリスト教病院のホスピスは21床のホスピスで、入院をされた患者さんの平均在院日数は、大体ひと月です。一ヵ月で亡くなられるか退院をされます。一時退院をする患者さんが20%から25%おられますので、ホスピスへ入院をすると、すべての患者さんがそこで死を迎えられるというわけではないんです。しかし多くの方はその初めてのホスピスへの入院が最後の入院になります。平均年齢が63歳なんです。ちょうど今の私の年齢です。
 多くの方が、特にご家族が、「まさか主人がこんなに早く死を迎えるとは思いませんでした」、「まさか家内がこんな年で旅立つとは思いませんでした」とおっしゃいます。そういう意味で、まさかまさかの連続を見ているという感じがいたします。生というものが延長して、その延長線上に死があると思っていたのが、途中で、ああ自分は、自分の家族は、実は死を背負っていたんだなということを実感するわけですね。
 多くの患者さんやご家族と接していまして、私は一つの症候群を発見いたしました。それは「矢先症候群」という症候群です。これは私が何回か医学の論文に書いた私自身のオリジナルなんです。「矢先症候群」というのはどういうものかと申しますと、二つの例を挙げればすぐにおわかりになると思います。数年前に看取った、それこそ63歳の肝臓がんの末期の患者さんが入院してこられたときに、奥様にお話を伺いますと、「主人は本当に会社人間で、一生懸命会社のために働いてきた。そしてやっと定年で退職して、子供たちも独立して、これから2人でゆっくり温泉めぐりでもしようね、そう言っていた矢先なんです」とこう言われるんですね。もう一人の患者さんは、卵巣がんで亡くなられた、この方も63歳の女性の方です。5人の子供さんがあって、卵巣がんの末期で入院してこられたときに、ご主人が言われました。「家内は本当にいい妻であり、いい母親でした。私が仕事で外で忙しく働いている間に、5人の子供を立派に育ててくれました。ついこの間5人目の娘が結婚をして家を出て、2人きりになりました。今まで苦労をかけたので、これから2人でゆっくり温泉にでもいこうねと思っていた矢先なんです」。これが「矢先症候群」です。これまで、生の延長上に死があると思っていた。しかし定年退職とか娘の結婚とかをきっかけにして、何か一段落ついて、今までできなかったことをゆっくりしようと思った矢先に来るんです。これを私は勝手に「矢先症候群」というふうに呼んでいるんですけれども。皆さん、したいと思われることは、あまり伸ばされない方がいいと思います。忙しい生活をしていますと、なかなか難しくて、少し先送りにされる傾向があります。私もそうですけれども。しかし、したいことを早くしておかないと、「矢先症候群」が待っているかもわからない。今、日本人の3人に1人はがんで死にます。この統計は確かなんですね。ですから、大体自分はがんで死を迎えるだろうなと思っておいてまず間違いはない。
 とにかく生の延長上に死があるのではなくて、われわれは一人一人死を背負って生きているのだということを、患者さんから強烈に教えられました。  

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