がんに克つために 
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診断・治療の進歩

 人間というのは、がんのことをわからないくせに、老人が老衰で死ぬとおめでたいと言うのです。なぜおめでたいか。長寿で、しかも人生を十分満喫したに違いないから、満願が上がったのだから、これで亡くなってもしょうがないと。
 しかし、老人に化けていく老化というものと、がんに化けるがん化というものとは親戚なのです。同じ原因なのです。ただ、片一方(老衰)は全身の細胞が衰えて老化していくので消え入るように死んでしまい、片一方(がん)は一部分だけ先に老化してしまう。胃だけ先に老化すると胃がんになり、肺だけ先に老化すると肺がんになってしまうのです。そこだけが先に老化してボロボロになってしまうから、それが原因で死んでしまうわけでしょう。いわば老化とがん化は親戚で、がんの研究をうんとしている人たちは、老人の研究をうんとしている人と話が合うのです。同じようなことをしているからです。そこで合同研究会をしようと、みんな同じようなことを話題にして研究をしている時代であり、そのくらい老化と同じなのです。
 それが何よりの証拠ですが、ここが0歳、ここが10歳、ここが20歳、3、4、5、6、7、8、9、10と、ここで100歳になり、10年おきに年齢を取っていきます。0歳の、生まれたばかりの赤ちゃんにがんがあることを知っている人はどのぐらいおられますか。(会場で挙手)さすがにレベルが高い。 では、どこのがんになるでしょうか。がんとはいろいろなものがあり、どこにだってできるのですが、おそらく皆さんが知らないだろうと思うのが目のがんです。でも、眼(ガン)がんとは言わないのです。目のがんですが、目の網膜というところにがんができるのです。それを知っていた人はどれぐらいおられますか。(会場で挙手)さすが。大学時代には本物を見たことがなかったのですが、がんセンターへ来たら本物の赤ちゃんがいっぱいで、「どうするのか」といったら、眼科の先生が「来週手術します」というのです。手術するとは、目のがんをくり抜いて取ってしまうということです。「かわいそうじゃないか」といったら、「すぐ奥が脳なので、放っておけば脳に行ってすぐにだめになってしまうから取るのです」と。これでよかったと思っていると、その後半年か1年たつとまた反対側の眼にできてくるのです。しょうがなくてそちらも取る。だから、全然目の見えない赤ちゃんが毎年何十人とがんセンターで生まれてきたわけです。
 そのように網膜にできるがんがあり、どうやって見つかるのかというと、お母さんがおっぱいをあげようとして赤ちゃんの顔を見ていると、黒目の奥がピカッと光るのです。
 そして、入院している患者さんはその後どうなったかと聞くと、「あの子は次の年に亡くなりました」と。そんな話を何遍聞いたかわからないのです。ところが、今は、手術をして取らなくても治るようになったというのです。
 がんというのは一般に遺伝はしないのです。遺伝するがんはあるにはあるけれども、無視していいぐらい非常に少ないのです。だから、先祖代々うちはがんの家系だとか、うちにはがんがない家系だとか、そんなのはまるであてにならない。そんなことはどうでもいい。あなたにあるかないか、ここが問題なのです。そのぐらい割り切らなければだめだというぐらいですが、唯一ではなく2〜3のはっきりとした遺伝するがんがあるのですが、今言った目のがんは、その1つであるということがわかっているのです。
 したがって、目のがんが見つかり、お母さんにいとこを連れていらっしゃいというと、いとことは血縁ですが、その赤ちゃんが10人も集まれば、お母さんが見てもわからないけれども、眼科の先生が見ればすぐに2〜3人からは初期のがんが必ず見つかるのです。あったとなりますと、それを手術しないで、放射線をそこだけに絞ってかけます。小さい点みたいなものだから、きゅっとかけるとそこだけが焼けてなくなってしまうのです。それでもまた再発するのがたまにありますが、今はいい薬ができまして、それによって再発したものもなくなってしまいます。それで目が見えて、今は大学だとか、商社に勤めてニューヨークにいますとか、そういう人がいっぱい出てきているのです。
 これが、診断・治療の進歩というものです。今代表で1つ、目のがんのお話をしました。すべてのがんにそういうお話があるのです。これをやっていたら何時間あってもきりがない。目のがんだけでそれだけのお話があるのです。
 「そうか、それはよかった。そのように目を取る手術をしないで治ってしまう赤ちゃんは、全体の何%ぐらいいるのか」と聞いたのです。そしたら、「40%ぐらいだ」と。そうすると、半分近くは取らなくても治る時代に今はなったのかと驚いてしまいました。これはうれしいですね。私は講演で全国を回り、「半分近くである40%は手術しなくても治る時代になりました」と言っているのですが、「間違いないね」と数年前にまた聞いたのです。そうしましたら、その眼科の先生が「それは間違いです」と言うのです。まただめになったのかと言うと、そうではないのです。「先生に申し上げたあの時は、ということは今から数年前には40%まで達したといって我々は喜んでいたのですが、それがますます進歩して今では90%を超し、40%というのはもう古いのです」というのがその先生のお言葉だったのです。
 だから、じりじりと進歩するものなのです。胃がんも肺がんも肝臓がんも、みんな同じプロセスです。今、我々が普通知っているがんの治癒率は日本が世界一なのです。医学が進んでいるということと医療が進んでいるということは全然違うのです。DNAがどうのこうのという医学は、アメリカではすごいのです。とにかく日本の百倍以上の、月に行くぐらいのお金をかけてがんの研究をしているから、そういうところがどんどんはっきりしてくる。でも医療は違うんです。
 例えば胃がんの手術をしたとしても、日本ですれば治るものもアメリカですると死んでしまうということはたくさんあるのです。それはなぜかというと、日本人の手術は天才的にうまいからです。小手先がうまく、実に見事な手術をするし、日本の技術は世界一だから小さながんを見つける能力がある。その1つが、二重造影法であり、内視鏡です。そのような技術が全部寄り集まって、しかもそれが日本中のどこの病院に行ってもみんなができるようになっているということが、圧倒的にアメリカを抑えている。 胃がんを例にしますと、一番悪いところでも60%は治り、一番いいところで80%ぐらいは治ります。なぜ80%というか。早期がんだけを取り上げれば95%ぐらいは治る。例外が少しあるけれども、ほとんど全部が治ってしまう。
 どうして一番よくて80%なのかというと、断固として検査を受けないという人がいっぱいいるからです。そういう人たちはすごいです。お相撲さんみたいにこの辺をボンボンとたたいて、「おれの体はおれがわかる」と。「おれは自分でわかるのだから、そのときには検査を受けるから」と言っている人は、明治・大正・昭和一桁で、近ごろは二桁もちょっと仲間入りしており、自信満々なのです。よく見えるが、そういう人たちががんの死亡率を高くすることに貢献なさっているわけです。
 ですから、症状がないということをうるさく言うのはそういう意味なのです。今でもひどいがんを時々見つけると、「前はいつ検査なさいましたか」と私は必ず聞くのです。ひどいがんを持っている人は判を押したように、「今回が生まれて初めてです」と言います。それは当然です。痛くもかゆくもないのだから気がつかない。痛くないからといってがんのせいにしても、自分が命がけで検査をしないというのだからしょうがないのです。そういう人がどうしても何%か残ります。ちゃんと受けていれば必ず90%以上の治癒率になるということを、強調したいわけです。

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