心理学からみた教育の隠れた次元 
もどる  目次へ  すすむ  
学校教育の“隠れた次元”

その1:教師が子どもをみるまなざし
 これにつながることで、例えば現実の学校教育の中でどういうことがあるかというお話をします。教育心理学の中に、ピグマリオン効果というとても有名な現象があります。1960年代の終わりに主張され、今も教育心理学の本の中によく出てくる現象です。これはどういう現象を指しているかというと、1960年代の終わりにローゼンソール(Rosenthal.R)が、ローゼンタールともいいますが、こういう実験をしました。
 アメリカでは新学期が始まる9月に新しいクラスが構成されて、新しい担任の先生が決まるのですが、フィラデルフィア近郊の公立小学校で、子どもの能力に関する基本資料を得るためと称して、新学期の初めに知能テストを一斉に実施したのです。その知能テストの結果を担任の教師にフィードバックしたのですが、そのときに実験者であるローゼンソールは、個々の子どもの実際の得点ではなくて、でたらめな得点を担任にフィードバックしました。つまり、得点の高い子が高いとして教えられたわけではなく、低い子が低いとして教えられたわけではなく、実際の知能テストの得点とは関係のない得点が資料として教師に渡されたのです。そして、その担任のもとで1年間クラスが運営されて、1年たった6月の終わりに知能テストがまた実施されました。
 そこで、知能テストの得点が1年間で各子どもによってどの程度伸びたかという統計を取ってみたのです。するとおもしろいことに、この子は高いという資料を与えられた子どもの知能テストの得点が大幅に伸びました。この子は低いと教えられた子どもたちの得点はほとんど伸びませんでした。こんな実験は今では倫理上も許されないのでできませんが、60年代の終わりにはそういう実験が行われました。
 要するに、教師が特定の子どもに根拠のない予見を持ったということです。この子どもは知能の高い子どもである、この子どもはあまり高くない子どもであるという予見を持ったのです。そして、予見に基づいて1年間の教育が行われたということです。
 予見に基づいて何が起こったか。ローゼンソールは教室場面で何が起こったかということを詳しく報告はしていません。でも、今まで話してきたことを今考えてみてください。教師には意図的に悪い魂胆で、一人一人の子どもを差別しようという気持ちがあったわけではないと思います。現実に平等に子どもを扱わなくてはいけないと当然思っていたでしょうし、教員である限りはそういう職業倫理を持たなければいけません。
 しかし、例えば1カ月の間に何回子どもを当てて答えさせたかという統計を取ってみると、予見を持った子どもには多く当てた。悪い予見を持った子どもには、この子に聞いてもだめだと思ってしまって、当てる回数が少なくなった。また、予見を持っている子どもの行動はよく見えた。観察の対象として、先生の目にはよく映った。悪い予見を持った、知能テストの成績が平凡であった子どもについてはあまり目が行かないということが、たぶんその過程で起こったのでしょう。
 つまり、教師の側がある予見を持つことによって、子どもと教師との関係自体が1年間で大きく変わったということです。それも、ここでいうところの隠れた次元の部分で大きく変わったのです。そのことに、教師自身は意識的ではなかっただろうと思います。しかし、意識的でなかった部分によって非常に大きな影響が出てくることがあり、これがあまりにも有名なピグマリオン効果という現象で、教育心理学の本には必ず出てきますが、そのような心理学的な研究があります。

もどる  目次へ  すすむ