ことばの万国博覧会−アジア館− 
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現代中国語


鵜殿倫次先生
鵜殿倫次先生
 ここでは日本と中国の挨拶言葉を比べてみたいと思います。例えば何かお祝いをもらって、「ありがとうございます」というのは、敬意を払わなければいけないような人に対して、そのような言い方をするのであって、ごく親しい友達に「ありがとうございました」というのはあまり使いません。「馬鹿だなぁ、こんなに高い物を買って」という言い方をしても、十分に相手の気遣いに対する感謝の気持ちを表すことができます。したがって挨拶言葉は、人間関係の遠い人と近い人で表現が違うわけです。
 日本人の人間関係は政治学の教科書によると、三重の構造になっているそうです。その3つとは「身内」、「せまい世間」、「広い世間」です。「身内」の付き合いは遠慮はいらず、少々甘えてもいい人間関係。「せまい世間」、例えば友人、親戚、同僚などの知り合いの関係の人には挨拶を欠くと非常に付き合いがまずくなったり、あるいは一定の遠慮が必要です。「広い世間」、全く知らない人ですが、その人たちに対しては、日本の場合は基本的には、傍若無人な態度でいい、という三重になっています。例えば「せまい世間」で「身内」のような態度を取ると、図々しいとか、甘えていると批判されたり、逆に「身内」の人に対して「せまい世間」でのような態度をとると、みずくさいとか、他人行儀という言われ方をします。
 中国の人、ここでは漢民族を中心に考えますが、身内以外にも、本当にこの人は頼りになるとか、助け合うことができるという密接な関係を中国語で「コワンシ」と言い、本当に「コワンシ」のある人は、親類や身内と同じような付き合いができます。日本の場合は三重構造ですが、中国の場合はこの「コワンシ」の全くない人と、ある人の二重構造になっていると考えることができます。
 中国では「こんにちは」や「さようなら」という挨拶は、本当に仲のいい人同士では使うことが非常に少ないということがわかりました。ところが今、中国には非常に激しい社会的な変化が生じてきていて、今までだと本当の身内の人と、よその人という大きな区分で人間関係を対処しているという面がありましたが、今は変わりつつあります。例えば1980年代以前の職場というのは、公私が一緒になったような生活の場でした。したがって、仕事仲間との挨拶言葉で「ニーツァオ」(おはようございます)や「ツァイチエン」(さようなら)という言葉は使わないのが本来だったそうです。それが次第に市場経済化して、資本主義社会に近い形になり、公私の区別がされるようになって、社会の変化は仕事場仲間に対する挨拶にも影響してきているそうです。80年代には職場でも挨拶言葉を使おうというキャンペーンが行われました。そのために40代、30代、20代の中国人に挨拶言葉をどういう場面で使いますかと尋ねたら、かなり世代によって違いがありました。
 具体的な挨拶言葉を見ていきますが、初対面の人と会う時に中国語で一番適当な表現は「ニーハオ」です。もちろんビジネスなどでは別の言い方もあります。ちなみに日本語の「よろしく」というのは中国語に直すと、まさに「どうぞ、面倒見てください」という言い方になるので、中国で一番使うのは「ニーハオ」になるそうです。他にも知っている人に道で会ったとか、久しぶりに会った時に「ニーハオ」を使うそうです。ただこれは久しぶりに会った時に使う言葉だそうです。毎日職場で会うような同僚や同級生に「ニーハオ」を使いますかと聞くと、若い中国人、特に日系企業に勤めていた人はいつも「ニーハオ」を朝使っていましたと言いますが、40代の人は使いませんと答えます。それはなぜかと尋ねると、職場の仲間に他人行儀な言い方をする習慣はないと答えました。したがって30代、40代以上の人は毎日会う人には特に挨拶はしないようです。「おはようございます」も一種の挨拶言葉で、日本だと身内に対してでも使いますが、中国では家族で「おはよう」とはまず言いません。職場では若い人は「ニーツァオ」を使いますと言いますが、40代の人に聞くと、一対一で「ニーツァオ」のような他人行儀な挨拶はしませんと言います。
 次に「こんばんは」、「おやすみなさい」ですが、「ワンシャン ハオ」や「ワン アン」というのがあります。しかしこれらは日常生活ではあまり使われないそうです。次に「さようなら」ですが、これも若い人、特に20代の人は使うそうです。あるいは最近の若い人は「bye-bye」と言うそうです。ところがこれも年配の人は仕事場で明日会う人に「ツァイチエン」は使いませんと言います。したがって、これも世代間の違いが出てきています。
 「ありがとう」は「シエシエ」と言います。これに対する答えは「プ コーチ」と言います。これも家族にはまず使いません。仕事仲間に対しては、その働いている場所の環境によって違います。次に「すいません」は「マーファン ニン」、人にものを尋ねる時は「チン ウェン」と言います。次に「ごめんなさい」は「トエプチ」と言います。これに対しては「メイ コワンシ」(どういたしまして)と答えます。若い人は人にものを尋ねたり、軽く人に迷惑をかける時に使ったりしますが、非常に深刻な事態、例えば交通事故で相手に怪我をさせてしまったという時には絶対使わないそうです。この「トエプチ」は「私が悪かったです。責任を負います。」という罪を認める言い方なのです。
 最後に「いただきます」、「いってきます」、「いってらっしゃい」という挨拶言葉は家族では使わないので、これに該当するものはありません。この辺で授業を終わらせていただきます。    

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