ことばの万国博覧会「アメリカ館」 
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北アメリカの先住民のことば―表現と認知の特性― ナバホ語<アサバスカ語族:ナディネ>


<はじめに>
天野圭子先生

天野圭子先生

 写真に映っているのはナバホ族の伝統的な毛織物、ナバホ・ブランケットです。ナバホ族は16世紀にスペイン人からもたらされた羊を入手して牧羊中心の生活をしてきました。ナバホ・ブランケットはナバホの女性たちが羊の毛を刈って糸を紡ぎ、植物の汁で染めて、美しく織り上げた大変素晴らしい工芸品です。

<アメリカ・インディアンの言語全般>
 アメリカ・インディアンの言語は、かつて約300ぐらい存在していました。それが様々な事情で1970年代までには約半数に減少し、現在では1,000人以上の話者を持つ言語は約50です。その中でも、1万人以上の話者を持つ言語は非常に少なくなってきました。1970年代半ばで、アメリカ・インディアン言語の話者の概算総数は約30万人と言われています。これらの言語というのは種類が多いだけでなく、それぞれが異なる文法形態、あるいは発音形態を持っていて、最初は全く違う言語であると考えられていました。ところが、1985年にジョセフ・グリーンバーグという言語学者が調査をして、アメリカ・インディアンの言語は3つの主要な語族に分類できるという「アメリカ・インディアンの新言語三系統説」を提唱しました。その説によると、アメリカ・インディアンの言語は、エスキモー・アレウト語族、ナディネ語族、アメリンド語族に分かれていると考えられます。エスキモー・アレウト語族は北極圏、アラスカ、カナダ、グリーンランドといった寒いところで話されている言語です。ナディネ語族は、主としてアラスカと北西カナダ、及びナバホ族に代表される北アメリカ南西域で話されています。ナディネ語族は30以上の言語から構成されていますが、ほとんどがアサバスカ語族という言語で構成されています。最後にアメリンド語族ですが、北・中央・南アメリカ全体に広がっています。これはアメリカ大陸で最も古い語族です。極めて大きな語族で、11の下位語族を含み、さらに200近くの語群を持ち、エスキモー・アレウト語族とナディネ語族以外のほとんどの言語を、この語族がカバーしているというものです。しかし、グリーンバーグの説に反対を唱える研究者も多く、特にアメリンド語族に関しては、これまでに様々な分類が試みられています。

<ナバホ語とナバホ族>
 ナバホ語はアサバスカ語族に属し、文字を持たない言語で、発音にあわせてアルファベットが当てられています。発音や文法形態も複雑です。歴史的には、合衆国は1880年代から1930年代ごろまで、インディアンに対する同化政策をとり、英語を使うことを強制してきました。しかし1960年代の復権運動の高まりとともに、二言語教育を奨励する法律もでき、ナバホ語も保留地の学校で学ばれるようになりました。現在ナバホ語の話者は約12〜15万人で、アメリカ先住民の言語としては非常に話者数が多い言語となっています。
 ナバホ族は約10〜16世紀にかけて北方からアメリカの南西部に移住してきました。現在は、ニューメキシコ州、アリゾナ州、ユタ州にまたがる保留地に多くの人が住んでいます。ナバホ保留地の面積はインディアン部族の中では最大で6.9万平方キロ、人口は保留地とその近辺の町で約25万人(保留地16.8万人、近隣都市8万人)です。保留地は半砂漠地帯で大きな岩山やキャニオンが広がり、壮大な景観をつくっています。そこでは伝統的に羊などの放牧を家族単位でおこなっていました。しかし1930年代に土壌の悪化から家畜の削減政策の対象になり、その後は賃金労働主体の生活へと移行しました。政治的には「ナバホ・ネイション」という部族国家を形成し、政治組織を持っています。また居留地では石炭やウラニウムなどの地下資源が豊富ですが、開発が進み、様々な環境問題を引き起こしています。

<言語とナバホ文化>
ナバホの4つの方向
 ナバホの文化の中で「美の中を行く」という言葉があります。これはナバホの人々にとって日常の大切な言葉として活きています。美とは、ナバホ族の基本思想「Hózhó(ホジョ)」からきています。「Hózhó(ホジョ)」とは、美や調和、均衡、バランスのことです。このバランスは、人と人とのバランスはもちろん、環境、自然、動物、昆虫にいたるまで全てのもののバランスなのです。ナバホ文化は、周りとの調和を非常に大切にしている文化であると言えます。そして、何かの拍子に「Hózhó(ホジョ)」の状態が崩れた時、病気や不幸、死が訪れると考えられています。その時にはHatahłi(ハタヒリ)と呼ばれるメディスン・マン(司祭のような人)が儀式を行うことによって、調和を取り戻し、健康を取り戻すのです。
 もう一つ「Naagháii(ナハイ)」という言葉があります。これはナバホ語で「行く、動く」という意味を表す動詞の活用形の一つです。興味深いことに、この単語は同時に「生きる」という意味も持っています。この動詞は非常に多くの活用形を持っています。例えば同じ「行く」でも、馬で行くのか、車を使うのか、歩いていくのか、そしてもし馬で行くなら並足でゆっくり行くのか、早足か、駆け足か、またひとりで行くのか、集団で行くのかというような様々な要素によって異なった形態をとるわけです。ウェザースプーンという人類学者が数えたところ、実に35万もの活用があったというのです。この信憑性はわかりませんが、それほどナバホの人は「行く」とか「動く」という行為にこだわっていると言えると思います。また別の例では、1970年代にアデアという人類学者が、ナバホ居留地で調査を行いました。その調査とは、ナバホの学生たちにビデオ・カメラを渡して、自分たちが一番伝統的行為と思うもの、ナバホ文化を表すと思うものを撮影するよう頼むことでした。そして実際に学生たちが撮影した映像を見てみると、ほとんどの映像が人が歩いたり、走ったり、何かを調達するために移動しているところでした。学生たちに話を聞いてみると、彼らが「行く」とか「動く」という移動を自分たちの文化を最もよく表わす行為であると考えていたことがわかりました。
 ナバホ神話では動的な移動を表す4つの方角というものがあります(図参照)。これは四季と時間などのサイクルを表します。最も重要なのは東で、同時に全てのはじまりである春、一日の始まりの夜明けを表します。これにしたがって、ホーガンと呼ばれる伝統的住居の入り口は東に作られます。次に、「南、夏、昼」「西、秋、日の入り」そして最後に「北、冬、暗闇」と進みます。ナバホの人たちの毎日がこのサイクルに従って営まれています。そしてこの循環は繰り返しながらどこまでも続いていきます。これが昔からナバホの人たちの生活の基礎になっているのです。

(引用文献)
・Kluckhohn, Clyde;Leighton,Dorothea 1974 The Navaho; Harvard Univ.Press
・Worth,Sol; Adair,John; Chalfen,Richard 1997 Through Navajo Eyes;Univ.of New Mexico Press
・ディヴィッド・クリスタル;風間喜代三、長谷川欣佑監訳 『言語学百科事典』1992 大修館書店
・Gary Witherspoon; Language and Art in the Navajo Universe 1977; The Univ. of Michigan press
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