『ニュッシンゲン銀行』を読む
小説をもう一つ紹介します。『ニュッシンゲン銀行』という小説です。1838年に出版されています。物語が進行する時代は1823年から1837年頃、内容は銀行の倒産というか、偽装倒産の話です。念のために申し上げますが、これは現在の日本の話ではなく、170年か180年前のフランスの話です。ニュッシンゲンは、さきほどの『ゴリオ爺さん』でラスティニャックの愛人になる、ゴリオの娘デルフィーヌの夫です。人物が再登場しています。
ニュッシンゲン銀行は、今日の銀行のように不特定多数の客から預金を集めて運用する、というタイプの銀行ではありません。限られた数の金持ちから資金を預かって、それを運用しています。当時国債の利息は5%だったのですが、ニュッシンゲン銀行は6%の利子を払っていました。ニュッシンゲンは企業に投資するほか、さまざまな商品も売買していました。この銀行には個人経営の商社のような性格があります。
ニュッシンゲンは新たに株式会社を設立しまして、高配当で株価を高めに誘導します。株に人気が出たところで、本業の銀行の経営がうまくいっていない、倒産のおそれがあるという噂を流します。そして預金を引き出しに来た客たちに、その金で自分が設立した会社の株を買わせます。株の方が配当が高いので、客たちは満足しています。しかし、しばらくすると今度は、意図的に会社の経営状態を悪化させ、株の値段を下げて、二束三文の安値で売りに出た株を買い戻して、大もうけします。高値で株を買い、安値で売って、大損した人々は、何が起こったのかわからないままです。この小説は、1820年代、フランスで資本主義経済が育ち始めて、一般の人々、といってもお金持ちたちですが、人々が株というものに興味を持ち始めたが、まだ株というものを十分には理解していなかった一瞬を捕らえた小説です。しかしこれは現在でもありうる話ではないでしょうか。
ニュッシンゲン銀行に倒産のおそれがあるという噂を、預金者たちに善意で流したのが、ニュッシンゲンの妻デルフィーヌの愛人になっていた、ラスティニャックです。『ゴリオ爺さん』に登場したあの青年です。ラスティニャックはそれとは知らずにニュッシンゲンの企んだ偽装倒産に利用されたのです。ニュッシンゲンはラスティニャックに、二束三文になった株をかなりの量プレゼントします。ラスティニャックはその意味がわからないまま、その当時は何の値打ちもないものでしたので、ただただニュッシンゲンに気を悪くさせないために受け取るのですが、後にこの株が値上がりして、一財産になり、その財産を妹二人の持参金にして、妹たちを結婚させます。ニュッシンゲンとラスティニャックは、夫とその妻の愛人という関係なのですが、二人は持ちつ持たれつでして、結構仲がよいのです。