
結婚、夫婦の関係、家庭における女性の問題が、『人間喜劇』の大きなテーマですが、それだけではありません。『人間喜劇』は、1820年頃から1840年代にかけての、フランスの社会、風俗を描いています。すでに申し上げましたが、『人間喜劇』には、89の小説が含まれていまして、登場人物の数は2000人を越すといわれています。
バルザックが描こうとしたのは、自分が生きている時代の社会と人々の全体像でした。だから、『人間喜劇』というシリーズのタイトルに「人間」という言葉を使ったのです。人生のあらゆる状況、男と女のあらゆる関係、さまざまな職業、経済活動、政治、司法、戦争など、現実の世界で人間と社会に起こるありとあらゆる事柄を描こうと志したのであります。その当時のフランスは、二十数年続いた革命と戦争の動乱の後で、新しい国家、新しい政治体制を模索しつつありました。また、産業革命が進行中で、いわゆる資本主義経済が成立しつつある時代でありました。ですから、『人間喜劇』には、今日のわれわれが抱えている問題のほとんどすべてがすでにあった、ということが言えるだろうと思います。