バルザック『人間喜劇』 
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「ゴリオ爺さん」を読む(三)


 『ゴリオ爺さん』の主な登場人物をできるだけ簡単に紹介してきたのですが、このように紹介すると、後はクライマックスが残るだけです。
 ある日ヴォートランがラスティニャックに、銀行家タユフェールの息子を殺す計画を実行すると告げます。驚いたラスティニャックは、銀行家に知らせようと思うのですが、それを察知したヴォートランは、夕食の席で眠り薬を入れたワインを飲ませて、下宿人一同を酔わせ、眠らせてしまいます。あくる日、昼頃になってラスティニャックが目を覚ますと、新聞に銀行家タユフェールの息子が決闘で死んだとの記事が載っています。
 ところが同じ日、ヴォートランが警察に逮捕されてしまいます。下宿人の一人が密告したのです。実は前日、ビアンションという医学生が、ヴォートランに警察がうろうろしていると知らせようとしていたのですが、ビアンションも夕べの酒で眠ってしまい、それができなかったのです。
 ボーセアン婦人からは、ラスティニャックのところに、デルフィーヌの舞踏会への招待状が届きます。
 ゴリオ爺さんは、デルフィーヌとラスティニャックが愛人同士になるのがうれしくて、自分の年金を買い換えまして、差額で小さなマンションを借りて、二人のための愛の巣を用意します。これでゴリオ爺さんはほとんど文無しになります。
 翌日、アナスタジーとデルフィーヌの姉妹が下宿屋にやってきて、二人とも高額の借金が返せないので、金が欲しいとゴリオ爺さんに迫り、ゴリオ爺さんにはもう金がないのを知ると、口論になります。ゴリオ爺さんは興奮して倒れ、寝込んでしまいます。看病をするのは、ラスティニャックと友人の医学生ビアンションの二人だけです。娘たちは、舞踏会に出席する用意に忙しくて、顔を見せません。
 舞踏会では、主催者で、社交界の花形であるボーセアン婦人が、愛人に捨てられて、どのように振舞うのかを、出席者が興味津々に見ています。ボーセアン婦人は毅然としていますが、舞踏会が終わると、ラスティニャックに、自分はもう二度とパリには戻らないと告げて、パリから姿を消します。
 ゴリオ爺さんはラスティニャックとビアンションの二人に看取られて息を引き取ります。二人だけで葬式もやります。娘たちは看病にも葬式にも来ません。
 ラスティニャックは、このようにして、パリの社交界の裏表、華やかさと醜さ、冷たさを知ったのですが、自分の生きる世界はパリの社交界であると思いを定めて、ゴリオ爺さんの埋葬を済ますと、高台にある墓地から灯火のつき始めたパリを見下ろして、「さあ、これからおれとおまえの勝負だ」とつぶやいて、すでに約束のある、ニュッシンゲン夫妻との夕食に出かけてゆくところで、この小説は終わります。

 『ゴリオ爺さん』という小説は、冒頭の部分が、パリの下宿屋ヴォケー館や、何人もの登場人物の紹介で非常に長くて、最初のうちは読むのが少しつらいのですが、少し読み進めますと、次はどうなるのかと、息もつかせぬ状況になり、最後まで一気に読めてしまいます。
 この小説にはじつに様々な事柄が書き込まれています。パリの町外れにある下宿屋の情景。大都会の町外れでの話なのですが、この下宿屋の裏庭では、豚や鶏やウサギを飼っています。学生たちの生活。退職者たちの侘しい暮らし。勤勉で目先が利くが、商売以外のことは何も分からない商人の一生。娘の教育の悪い例。貴族の邸宅とそこで営まれている暮らし。上流階級の夫婦の関係。社交界。銀行家の実態。田舎からパリにやってきた若者が、少しずつ世間を知ってゆく、青春小説。など、など。バルザックがこの小説で描いているのは、1819年から20年にかけてのパリの風俗、つまり人々がどのように暮らしていたかということです。

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