
観客の心理に関しては、精神分析や心理学などで様々に研究されています。我々が日常隠している欲望は夢の中にあらわれるために精神分析が出てくるのですが、映画を見ることと夢を見ることとはよく似ていると言われます。キートンの『探偵学入門』(1924)、ウッディー・アレンの『カイロの紫のバラ』(1985)、フリッツ・ラングの『飾窓の女』(1944)などの映画内映画を見ますと、夢と映画の関係が理解できます。映画の中に映画があり、主人公が映画の中に入っていったり、映画の中から出てきた人間が観客である主人公と恋をしたりするというもので、夢を見ることと映画を結びつけています。
『探偵学入門』では、撮影技師キートンは大活躍する私立探偵になりたいという夢を見ており、試写室で見た夢の中で映画の中に入っていき、犯人探しをして解決し、同時に現実に自分にかけられていた盗みの疑いを晴らすことと、恋愛の両方を実現させます。キートンの作品をトリビュートしたものが『カイロの紫のバラ』です。夫には仕事がなく、不況下のアメリカで苦しい生活をしている女性ミア・ファローにとって、映画を見ることだけが楽しみで、『カイロの紫のバラ』という映画を見に行きます。彼女が映画を見ていると、あこがれの人類学者の男が画面の中から出てきます。「君はこれで5回も見ているね、いつも来ている君と話がしたい」と彼は言い、二人は恋に落ちます。『飾窓の女』は犯罪サスペンスの傑作で、何一つ無駄がなく、最後まで引っ張られる映画です。犯罪心理学者のエドワード・ロビンソンはあるときショーウインドウの中に美女ジョーン・ベネットの絵を見て、強く引かれます。その絵のフレームが映画の画面となります。いつものように絵を見ていると、絵の中のジョーン・ベネットがショーウインドウに映っているので振り向くと、自分の後ろにいた彼女が話しかけてくるのです。実はこれは夢なのです。美女にかかわると犯罪にかかわるというハリウッドの1つのパターンがありますが、その後ロビンソンは犯罪にはまっていき、最後には夢から覚めるところで終わります。彼は実生活では平穏な日々を送る大学教授ですが、夢の中では危険と冒険を経験できます。
また、映画を見るもう1つの心理として、他者の秘密を知りたいという覗き見的欲望があります。その典型がヒッチコックの『裏窓』(1954)です。スポーツカメラマンのジェームズ・スチュアートは、骨折をしたためにじっとしていなければならなくなりました。これは椅子に腰掛けて動けない観客とよく似た状態です。いつも活発に動いていた彼は退屈になり、窓から向かい側のアパートの住民をのぞきます。そして、恋人のグレース・ケリーと2人でそのアパートで起きた犯罪を解決するという話ですが、これは観客が一種の覗き見的な立場に置かれていることの象徴的な映画といえるでしょう。