『不可解な他者』表象 ―ハリウッド映画にみるアジア人― 
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<エキゾティズムとイエロー・ペリル>

 このような時代を背景にして作られたハリウッド映画とは、具体的にどんなものだったのでしょうか。
 その特徴をエキゾティズムとイエロー・ペリルという二つの用語にまとめてみました。つまり、アメリカは一方で魅惑的なあこがれと好奇心でアジアをとらえており、初期のハリウッド映画にもそのような異国趣味が非常に強く反映されているのです。けれども、エキゾティックに相手をとらえるのは、相手を対等にとらえてはいないということで、ある意味でとても危険です。相手をよくわからないもの、自分たちでは理解できないものととらえているわけで、これがあこがれと逆に振れたときには何だかわからない怖いもの、危険なものとしてとらえられてしまうのです。それをイエローペリル、黄禍(黄色いわざわい)と呼んでいます。つまり、黄色人であるアジア人とは白人社会を脅かす危険な存在であるという考え方です。こういった一見矛盾するものの実はつながっている2つの要素が、初期のハリウッド映画には強くあらわれていると考えて、話を進めていきます。
 では、黄禍とは具体的にどうとらえられていたのでしょうか。非常に形式的な、型にはまったイメージのことをステレオタイプといいますが、黄禍のステレオタイプとしてすぐに頭に浮かぶのはフー・マンチュウ博士というキャラクターです。これは白人社会の転覆をねらい、世界制覇をもくろむ悪者、悪漢として描かれている中国人です。イギリスの大衆小説作家サックス・ローマーが作り出したもので、大変に受けたのです。彼は、1913年から1959年まで延々とフー・マンチュウシリーズを書き続けていきます。ラジオ化もテレビ化もされ、20年代、30年代に映画化されています。
 フー・マンチュウにはおどろおどろしいイメージがあり、例えば1932年の作品『ザ・マスク・オブ・フー・マンチュウ』では、フー・マンチュウはイギリス人の考古学者を出しぬいて手に入れたジンギスカンの宝刀を使って世界制覇をもくろんでいます。フー・マンチュウを演じているのはボリス・カーロフというフランケンシュタイン役で有名になった怪奇俳優です。
 アジア人が登場する初期のハリウッド映画で特徴的な点は、イエロー・フェイスを用いているということです。イエロー・フェイスとは白人が扮装してアジア人を演じるものです。白人が黒人を演じる場合にはブラック・フェイスといいますが、『国民の創生』では白人が顔を黒く塗って黒人を演じていることがよくわかります。『フー・マンチュウ』の映画の中でもフー・マンチュウを演じているポリス・カーロフは白人です。どう見ても白人にしか見えませんが、フー・マンチュウの娘として登場する中国服を着た女性もイエロー・フェイスによって演じられているのです。
 このイエロー・フェイスとは、やはりオリエンタリズムにのっとったものだと思うのです。つまり、アジア人をそのままアジア人に演じさせるのではなく白人が演じるということは、西洋の側が解釈したアジア人を演じてみせるということで、アジアを支配し、定義づけるのは西洋だという考えが裏側に見えるからです。当時はアジア人の俳優が少なかったということももちろんありますが、イエロー・フェイスはごく最近のミュージカル『ミス・サイゴン』のキャスティングでも問題になったように現在も行われています。

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