ノンネイティブスピーカーの英語 …英語学… 
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英語教育の目的

●学習指導要領にみられる外国語教育の目標の変化
 日本ではどのような目的で英語が学ばれているのか。戦後まもない頃と最近の学習指導要領の比較、教科書の変遷、そして英語教育のホットな話題としてALTの人たちがたくさん来ているという話などをしたいと思います。2002年度から国際理解教育の一環として、小学校で総合的な学習の時間に英語学習が本格的にスタートしますが、そのような状況についてもお話しします。また、最近Jack and Betty(ジャック・アンド・ベティ)という中学校の教科書の復刻版が出ました。ここでは、“I'm a boy.”とか“I'm Jack.”、“I'm Jack Jones.”と始まりますが、そのような教科書が作られた背景などについて触れたいと思います。
 学習指導要領は戦後何回も改定を繰り返されていますが、昭和26年に試案として出された学習指導要領では、次のような目標が掲げられています。
 「聴覚と口頭との技能および構造型式の学習を最も重視し、聞き方・話し方・読み方および書き方に熟達するのに役だついろいろな学習経験を通じて、「ことば」としての英語について、実際的な基礎的な知識を発達させるとともに、その課程の中核として、英語を常用語としている人々、特にその生活様式・風俗および習慣について、理解・鑑賞および好ましい態度を発達させること。」
 これに対して、平成11年に改定された最新の学習指導要領は文部科学省が出しており、ここで初めて英語が中学校の必修科目になったのですが、次のような目標が掲げられています。
 「外国語を通じて、言語や文化に対する理解を深め、積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度の育成を図り、聞くことや話すことなどの実践的コミュニケーション能力の基礎を養う。」
 コミュニケーションという言葉が2度登場し、コミュニケーションの前に実践的という言葉も付けてありますが、「実践的コミュニケーション能力」は初めて学習指導要領に入りました。
 戦後まもないころに揚げられていた目標で、今の私達から見れば興味深いのは、「英語を常用語としている人々、特にその生活様式・風俗および習慣について、理解・鑑賞および好ましい態度を発達させる」という所です。このころは軍国主義から民主主義への大転換が行われていた時代で、英語文化、特にアメリカの文化を教えることが非常に色濃く出ています。今はそういう受け身な目標ではなく、自分たちで発信をするコミュニケーション能力を養うことが目標として強く打ち出されています。
 開隆堂がJack and Bettyの復刻版を出していますが、これは昭和24年から33年に全国の8割以上の中学校で使われていたとされる教科書です。Jack and Bettyでは、アメリカ合衆国イリノイ州のエバンストンという実存する町の名前が使われており、アメリカの中産階級の世界が繰り広げられています。昭和26年にこの教科書を使った中学生には、中学生のジャックがネクタイをしていること、革靴を履いていること、ベティの赤いリボンなどが非常に印象深かったのではないでしょうか。
 ここで出てくる“What do you have for breakfast?”(朝食に何を食べているの)という質問に対し、“I have bread,butter,fruit for breakfast.”(パンとバター、フルーツです)という答えがあり、今の子なら驚かないでしょうが、昭和26年頃の中学生には驚いた子がいたかもしれません。クリスマスには家族がお互いにプレゼントを交換し合っており、アメリカの習慣や生活が映し出されています。つまり一貫してアメリカが舞台で、当然日本人の登場人物はほとんどいません。ベティの方は“I'm a girl.”とか“I'm Betty.”、“I'm Betty Smith.”と始まっていますが、英語の教科書が映し出す世界もかなり変わってきています。
 昭和40年以降には、実は日本人が中学校の教科書に登場してきます。舞台はあくまでもアメリカですが、日本人が留学生としているのです。私はこのような生徒がアメリカでフェアウェルパーティーを開いてもらっている教科書の場面を覚えていますが、“I must go back to Japan.”(日本に帰らなければいけない)と言うと、アメリカ人の生徒たちが“Come to visit us.”(またおいでよ)というようなことを言っていました。このように日本人が英語教科書に登場し、英米以外のアフリカやフランスなどの題材が教科書に入るようになりました。
 今はどうでしょうか。Jack and Bettyを作った開隆堂が出しているSunshine(サンシャイン)の現行の1年生の教科書では、“Welcome,Emily.I'm Kumi.”“Hello,Kumi.I'm Emily.”というやりとりが最初にあり、舞台は日本です。今の教科書ではほとんど日本が主な舞台になっています。留学生としてやってきた外国人と初めて会って、“Welcome to Japan.”と言い、“I'm Kumi.”と自己紹介しています。同じ文型を使っていても、先程の“I'm Betty.”とは違います。日本でも実際に英語を使う場面がみられるようになり、それが使われているのです。
 “My name is Kato Ken.”“My name is Tom Brown.”というように、日本人のスピーカーが“Kato Ken.”と言っているのは、現行の教科書では三省堂が作っているNew Crown(ニュークラウン)だけです。日本の慣行ではファミリーネーム、名字を先に言いますが、「私は広瀬恵子と申します」を、英語では“I'm Keiko Hirose.”と習っています。そうではなく、日本の順番で“I'm Kato Ken.”という教科書が現在1つあります。
 中学校では平成11年の学習指導要領の改正を受け、来年度から新しい教科書に変わります。中学校の教科書は7種類があり、シェアでは開隆堂や東京書籍などが大きく、7種類中の4種類で90%に達しますが、その4種類の教科書が来年度から“My name is Kato Ken.”という順に変わるのです。今はまだ少ないですが、来年からは“I'm Ichiro Suzuki.”ではなく、“I'm Suzuki Ichiro.”という順番に変わります。
 New Crownという教科書を作った人達は、Kato Kenを1993年から先駆的に始めているのですが、このように言っています。「自分たちのアイデンティティーはまず名前にある。」「日本文化としては名前は姓名の順である。」「国際語としての英語は英語圏の、ネイティブスピーカーのものだけではない。それぞれの地域、国の固有の文化によって、ルールが一部変わってもいい。」また、「中国人、韓国・朝鮮人は自分の慣行の姓名順のままで通している。」なぜ私たち日本人だけが変えるのか。私たちも名字、名前の順でいいではないかと。
 シンガポールの元首相であるリー・クアンユーは、英語でもリー・クアンユーで、名字から入っています。金大中(キム・デジュン)も、英語のニュースでも姓から入っています。我が首相はPrime Minister Jun-ichiro Koizumiと順序が変わるのですが、そうではなく、私たちもファミリーネームから始めてもいいではないかという意見が出てきたのです。Jack and Bettyの開隆堂も来年度はファミリーネームから始める順番に変えるそうです。
 名字・名前の順番を逆にしたものは江戸末期から見られるということですが、本格的に欧米式に変え始めたのは明治の鹿鳴館時代以降らしいです。日本の作家の作品を翻訳した日本人が、欧米式にファーストネームを前、ファミリーネームを後ろに変えたのだそうです。欧米の人が変えさせたのではなく、日本人が英語で書いたり話したりするときに、自分たちで欧米式のやり方に変えたのがきっかけのようで、その慣行が1880年ぐらいから今まで100年以上にも渡って続いているのです。それが、来年度から公教育において英語教科書で順序が変わる動きがあるということです。
 しかし、これは誤解を招くかもしれないと、私は思います。日本に住んでいる外国人ならわかってくれるでしょうが、一歩外に出た場合にファミリーネームから自己紹介を始めると、相手はそれをファーストネームだと誤解してしまうこともあるかもしれません。日本のやり方をきちんと説明して使えばわかってもらえるでしょうが、このやり方では私はファーストネームとして“Hirose.”と呼ばれるかもしれないと思います。
 同じNew Crownの1年生で習う教科書では、“I'm Meiling.”というタイトルのレッスンがありますが、これは主人公のカトウケン君が、日本にやってきた中国人に自己紹介をしているというシチュエーションです。“I'm Kato Ken.”という文が出てくると、“I'm Yang Meiling.”という自己紹介をしています。つまり、ノンネイティブスピーカー同士の会話が教科書に出ているのです。
●学習目的・ニーズの多様化
 今日では、外国人の若いネイティブスピーカーがALT(指導助手)として日本にかなり来ています。実際にこの制度が始まったのは昭和62年で、正式にはJET(Japan Exchange and Teaching Program)というタイトルがついており、語学指導などを行う外国青年招致事業です。昭和62年には848名が日本にやってきて、中学校や高校で英語を教えるALTの仕事をしましたが、最近ではかなり数が増えてきています。
 もう1つ見逃せないのは、ALTの出身の国も非常に増えてきているということです。最初の年は、アメリカ、イギリス、オーストラリア、ニュージーランドという4カ国からだけだったのですが、現在では、フランス語やドイツ語を教えている学校もある関係でフランスやドイツから、英語圏ではカナダやアイルランド、南アフリカ共和国、シンガポール、英連邦の1つであるジャマイカからも来ています。これも今の英語をあらわす1つの姿であり、ネイティブスピーカーだけではなくて、セカンドランゲージとして英語を日ごろ使っている人たちも英語を教える手助けをしているのです。
 また、来年から小学校における英語がスタートするということですが、これには教科書がありません。趣旨としては中学校の英語教育の先取りではないため、教科として教えるのではなく、「総合的な学習の時間」に英語を使う機会を作るのです。現在試行的に実施されており、ゲーム的に楽しく遊びながら自己紹介をしたりしています。これから成果がどのように上がっていくかわかりませんが、公立の小学校でも英語に触れる機会がでてくるのです。

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