ことばの万国博覧会 ヨーロッパ館 
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ヨーロッパの言語地図−EU諸国と言語−  (講師:櫻井健)


櫻井健先生

櫻井健先生

<ヨーロッパの主な言語グループ>
 日本で外国語と言うと、横文字系としてよく思い浮かべるのが、英語、フランス語、ドイツ語、スペイン語だと思います。確かにヨーロッパにおける言語話者数はドイツ語が一番多く、次にフランス語、次に英語、その次にスペイン語ぐらいだと思います。このようなメジャーな言語についてはなんとなく認識があるかと思いますが、実はそれだけではないのです。
 ヨーロッパは世界的にみるとそれほど言語が多岐に渡っている地域ではないのですが、その言語は大きく分けると2つに分類することができます。ひとつはインド・ヨーロッパ語族の諸語で、これが圧倒的に多く、もうひとつはウラル語族の諸語です。さらにインド・ヨーロッパ語族の諸語は、ロマンス語派、ゲルマン語派、スラブ語派、バルト語派、ケルト語派、ギリシャ語派などに分類されます。主要な言語としてはロマンス諸語としてフランス語、スペイン語、イタリア語、ルーマニア語、ポルトガル語など、ゲルマン諸語としてドイツ語、オランダ語、英語など、スラブ諸語としてロシア語、ウクライナ語、ベラルーシ語、ポーランド語、チェコ語、スロバキア語、スロベニア語、クロアチア語、ブルガリア語など、バルト諸語としてラトビア語、リトアニア語、ケルト諸語としてアイルランド語、ウェールズ語、スコットランドゲール語などが挙げられます。ギリシャ語派はギリシャ語の一語派一言語です。一方、ヨーロッパで用いられるウラル語族の諸語ではフィンランド語、エストニア語、ハンガリー語などが挙げられます。その他にフランス・スペイン国境にまたがる地域で話されるバスク語というのがあり、これはインド・ヨーロッパ語族ともウラル語族とも何の関係もなく完全に孤立した言語ですが、これもヨーロッパの言語として考えることができます。
 これらの言語の系統関係の分析と分類は伝統的な言語学の作業ですが、ヨーロッパの言語をもとにつくられた系統樹モデルは他の地域では必ずしも有効ではないということが最近分かってきています。伝統的なインド・ヨーロッパ語族、ウラル語族の諸語はこのような系統関係の概念と結び付けやすく、わりと上手く説明ができる言語群であると言えます。しかし、バルカン半島にみられるルーマニア語、ブルガリア語、アルバニア語、セルビア語といった言語現象(言語帯と呼ばれる)は言語の系統関係を超えた現象です。また、同じような現象が西ヨーロッパにも広くみられます。


<EU加盟国の増加と言語グループ>
 EU(欧州連合)に至る道筋を考えていきますと、まず欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)設立から始まり、その時の加盟国はフランス、ドイツ、イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルクで、我々が考える西ヨーロッパはだいたいこの地域です。その後、加盟国はだんだん増えていき、第五次拡大までしています。第一次拡大でデンマークとアイルランドとイギリスが加盟しています。第二次でギリシャが加盟しています。ギリシャはそれまでの加盟国とは場所的にかなり離れています。第三次でポルトガルとスペイン、第四次でオーストリアとスウェーデンとフィンランドが加盟しています。今年に入って第五次拡大でキプロス、ハンガリー、エストニア、ラトビア、リトアニア、ポーランド、チェコ、スロバキア、スロベニア、マルタ共和国の十ヶ国が増えています。EUの拡大によって本来はゲルマン諸語とロマンス諸語だけの地域だったのが様々な言語の地域を含むようになっていきます。最初にギリシャ語が含まれます。その後フィンランドが加盟することによってインド・ヨーロッパ語族以外の言語が含まれるようになり、さらにスラブ諸語やバルト諸語が含まれます。このようにEUが広域に広がり、言語の面からも当初の西ヨーロッパという観点からはかなり大きな変貌を遂げています。
【EU加盟国の主要言語】
オーストラリア ドイツ語   ラトビア ラトビア語
ベルギー フランス語・オランダ語・ドイツ語   リトアニア リトアニア語
キプロス ギリシャ語   ルクセンブルク ルクセンブルク語・ドイツ語・フランス語
チェコ チェコ語   マルタ マルタ語・英語
デンマーク デンマーク語   ポーランド ポーランド語
エストニア エストニア語   ポルトガル ポルトガル語
ドイツ ドイツ語   スロバキア スロバキア語
ギリシャ ギリシャ語   スロベニア スロベニア語
フィンランド フィンランド語・スウェーデン語   スペイン スペイン語
フランス フランス語   スウェーデン スウェーデン語
ハンガリー ハンガリー語   オランダ オランダ語
アイルランド アイルランド語・英語   英国 英語
イタリア イタリア語

 EU加盟国の主要言語は以上のとおりで、下線の引いてあるのが原加盟国です。ベルギーはフランス語とオランダ語でよく知られているのですが、実はドイツ語も憲法上の公用語になっています。ただし、ドイツ語を母語としている人口は1%以下です。フィンランドはフィンランド語とスウェーデン語の二ヶ国語を使うようになっています。アイルランドは公的にはアイルランド語が第一公用語になっていますが、実際には英語がほとんどです。アイルランド語は民族的な主張をするために最初に挙げている、ある意味で象徴的な国語ということになります。ルクセンブルクは一般にはドイツ語とフランス語のバイリンガルの国だと信じられているのですが、ルクセンブルク語を国語として憲法上明記しています。ルクセンブルク語はドイツ語の一方言のようなものですが、彼らがこれを言語と称することで自国のアイデンティティーを保っていると考えるのが妥当だと思います。もちろん主要言語の他に様々な少数言語が使われています。


<20進法>
 言語は系統関係だけではないというひとつの例証として、20進法というものを挙げてあります。我々日本人は10進法で数を数えますので少し分かりにくいかもしれませんが、ヨーロッパのかなりの地域で20進法的な言い方をしています。

T.ケルト諸語

 

ブルトン語

スコットランドゲール語

マンクス

20 ugent fhichead feed
40 daou-ugent (2×20) dà fhichead (2×20) daeed (2×20)
50 hanter kent (半 100) dà fhichead is a deich
 (2×20+10)
jeih as daeed
 (10+2×20)
60 tri-ugent (3×20) trì fhichead (3×20) tree feed (3×20)
80 pevar-ugent (4×20) ceithir fhichead (4×20) kiare feed (4×20)
 ケルト諸語のうちゲール語はアイルランドの公用語で、10進法を使っています。これに対して、ブルトン語、スコットランドゲール語、マンクスは20進法です。ブルトン語はフランスのブルターニュ地方で使われているケルト語、スコットランドゲール語はスコットランドで使われているケルト語です。マンクスはブリテン島とアイルランドの間にあるマン島という島の言語です。それぞれの数の表し方を表にしてありますが、20進法ですので、20を基本として40は2×20、60は3×20、80は4×20という言い方をします。おもしろいのはブルトン語で50は半分の100という言い方をします。

U.バスク語
 

バスク語

20 hogei
40 berrogei (2×20)
60 hirurogei (3×20)
80 laurogei (4×20)

 バスク語というのはさきほど言ったように、インド・ヨーロッパ語族でもウラル語族でもないヨーロッパで孤立した言語です。右の表をみて分かると思いますが、20、40、60、80の後半の部分が一貫して同じになっています。40なら2×20、60なら3×20、80なら4×20という言い方をします。これは非常にきれいな20進法になっています。

V.北ゲルマン諸語
 

デンマーク語

20 tyve
50 halv+tred+sinds+tyve → halvtreds
 ((2+1/2)×20)
60 tre+sinds+tyve → tres
 (3×20)
70 halv+fjerd+sinds+tyve → halvfjerds
 ((3+1/2)×20)
80 fir+sinds+tyve → firs
 (4×20)
90 halv+fem+sinds+tvye → halvfems
 ((4+1/2)×20)

 その他に20進法の言語としては、ゲルマン語派の北ゲルマン語に属するデンマーク語があります。デンマーク語はその他の北ゲルマン語のスウェーデン語とかノルウェー語とかアイスランド語と極めて近い関係にある言語ですが、デンマーク語の数詞だけは全然違うかたちをとっています。特に50以降は極めて特異なかたちをしています。右の表をみていきますと、50は“halvtreds”です。どういう意味かというと、3まで半分、要するに2と1/2で、それに×20、よって50ということになります。70は4まで半分(3+1/2)に×20、90は5まで半分(4+1/2)に×20という言い方をします。これは他の北ゲルマン諸語にはない現象で、デンマーク語で独自に発達したと考えられるわけです。60は3×20、80は4×20で普通の20進法です。

W.ロマンス諸語

 ロマンス諸語の中でもフランスのフランス語だけは70から90までが20進法になっています。下の表のように、70が60+10、80が4×20、90が4×20+10という言い方になっています。もちろんフランス語はラテン語と直接関係が深いのですが、ラテン語をみるとどちらかというとイタリア語とかベルギーのフランス語とかに近いというのが分かると思います。
  フランス語 スイスフランス語 ベルギーフランス語 イタリア語 ラテン語
70 soixant-dix (60+10) septante septante settanta septuaginta
80 quatre-vingts (4×20) huitante octante ottanta octoginta
90 quatre-vingt-dix (4×20+10) nonante nonante novanta nonaginta


 このような言語の系統関係とは全然関係ない現象はたくさんあります。発音上の共通性も言語を超えてあります。このように言語の系統関係だけで分類するというわけにはいかないのだということをまず念頭においていただきたいということと、国家という単位だけで考えるとそれ以外の小さい部分を見落とす可能性があるということを最初に言っておきたいと思います。
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