 堀尾良弘先生 |
主に少年非行とかあるいは非行少年達の心の在り様についてお話したいと思います。大きなテーマである「発達と尊厳」とどのような関連があるかをお話しすると、子供は、赤ちゃんとして純真無垢な心で生まれてきます。やがて子供たちは大きくなって小学校に入ったり、中学高校いろいろな受験競争の中でまみれていったり、あるいは青年期に自分の進路や自分自身というものに悩んだりして、どんどん発達し、成長していきます。その途上で様々な困難や逆境に向かわざるを得ない環境、また時には大きくならざるを得ない状況もあるでしょう。そのような状況の中で、子供たちや青年たちが非行などの問題行動を起こすと、「とんでもない事をして!」だとか、「この子は一体何を考えているんだ!?」、「こんなことはもう許せない!」という思いがでてくるかと思います。もちろん事件の被害者になった側から見れば、時には自分の家族の命を絶たれたり、あるいは、そこまで行かなくても、何か大切なものを失ったりすることがあるわけですから、その加害者側に対して心を許すことはなかなか出来ないと思います。おそらく一生できない場合もあるでしょう。ただ、そのようにして加害者側の、つまり、問題行動を起こした側の少年たちには、厳しい処罰を与えればそれでいいのか、あるいは彼らが一生そのことを背負っていきながらただ苦しんでいけば被害者の気持ちが休まるのか、ということを考えますと、一概にはそう言えない場合もありますし、物事をそのように簡単に解決するわけにはいかないと思います。
では、どのような背景、心境で子供たちは、問題行動や非行行動を起こすのかを考えていくことで、加害者の側も被害者の側も人としてどうあるべきかという、いわゆる人間としての尊厳の問題を考えてみたいと思いまして、このようなテーマにさせていただきました。