新大陸の古代王朝(2) インカの国家宗教と政治 
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近現代世界との交渉史


公開講座の風景
 今日においても、葬礼や様々な神々への儀礼は家族単位、共同体単位で行われています。国家的規模のものとしては、20世紀初頭にそれまで廃止されていた太陽の祭りが復活しました。今日では先住民の日と定められた6月24日に行われています。太陽の祭りは冬至にあたり、その年に収穫されたトウモロコシからつくったチチャを太陽に捧げる祭りです。6月は乾期にあたり、インカ時代には人民の休息の月で、収穫に感謝しながら、人民は一年の疲れを休め、飲んだり踊ったりしながら毎日を送りました。太陽の祭りはまた、共同体ごとにそれぞれのワカでも行われました。インカ帝国では皇帝がこの祭りを直接祭司として司りました。彼は七日の間、断食して身を清め、クスコの町の中央広場で生贄のリャマの心臓と血を太陽に捧げました。今日では皇帝役に選ばれた一般人が祭司を司る演技的空間となっています。
 スペイン人によって征服・支配された植民地時代を経て今日に至るまで、アンデスではさまざまな宗教運動が起こってきました。まず、スペイン人がもたらした植民地主義やキリスト教を否定し、土着主義的な伝統的価値の復活を願って、1570年代にタキ・オンコイ運動が展開されました。これはケチュア語で「踊り病」という意味を持ちます。アンデスの人々が土着の神々である自然や祖先神に祈りを捧げ、神々の栄光を讃えるための祭儀を伝統的な形で踊ったり歌ったりして祝うことからそのような名前がつけられました。これはスペイン人がもたらした近代初期西欧の価値観を否定し、土着の神々の復活を祈るという、一種の千年王国主義的宗教運動であり、土着の祭司や予言者によって引き起こされ、多くの民衆が支持しましたが、カトリック教会による組織的な「偶像崇拝撲滅運動」によって迫害、殲滅させられました。
 しかし、このような千年王国主義的宗教運動は形を変えて今日の神話・伝説においても見られます。その代表的なものがインカリ神話です。インカリとは、ケチュア語の皇帝を意味する「インカ」にスペイン語の王「レイ(リ)」が結びついたもので、インカ王という意味です。この神話にはさまざまなヴァージョンがありますが、おおよそ次のような構造です。スペイン人によって斬首された(実際、最後の王アタワルパは絞首刑でありましたが)インカ王の頭と身体が分断され、大地に埋められています。それが成長してお互いに結びつくと、一つの完全な身体として甦り、インカ王と彼が支配する世界の秩序が復活するといわれています。スペイン人がもたらしたのは世界の無秩序であり、そのことは、インカ王の身体の分断というモチーフによって象徴されています。しかし、いつか植物が成長するようにインカ王の身体が成長し再び統合されると、先住民が救われる日がやってくると期待されています。  

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