自分の人生を大切にするんだ
僕は三人きょうだいで、二歳下の妹と五歳下の弟がいます。中学一年の時、母は病気で死んでしまいました。病気がちではありましたが、死んでしまうなんてことは考えてもいませんでしたので、何が何だか分からない状態でした。父も母に頼りっきりでしたので、とてもショックのようで、急に無口になりました。
父の仕事は泊まりがけで出かけることが多く、二、三日家に帰れないことがよくありました。とても心細かったのですが、僕がなんとかしなければと、妹たちの世話をしていました。その後、二か月もすると、父は「新しいお母さんだ」と女の人を連れてきました。ぼくたちはとてもいやな気持ちでした。父もまた、遠くへ行ってしまったような気がしたからです。しかし、結局、父はその女の人ともうまく行かず、仕事も転々とすることになり、生活は本当に苦しくなってしまいました。
中学三年になったとき、僕たちきょうだいは施設に預けられました。懐かしい家や学校とも別れたのが辛かったです。施設の先生は優しかったけれど、自分の気持ちはどんどん違う方向に行ってしまい、「もう、どうでもいいや」と投げやりになっていました。
そのころから友だちに誘われて、タバコを吸う、髪を染める、授業をさぼるなどをし始めました。いけないことだと分かっていても、その友だちといる方が気が楽でした。みんなが、「そんな生活をしていたら、高校へも行けないし、就職もできないぞ」と、声をかけてくれました。ぼくは、「分かっている」と言いつつも、どうすることもできませんでした。時折父も面会にきてくれましたが、そんな僕を見て、ただおろおろとしているだけの父の姿によけいに腹が立ち、「しようがないじゃないか」と大声をあげたい気持ちでした。
しかし、卒業まであと一か月という時でした。父は決心したかのように言いました。
「何もやってやれなくて悪いな。でも、お前は、お前の人生を大切にするんだ」 とても強い響きでした。一瞬、僕は動けなくなりました。父の本当の気持ちを、初めて知ったような気がしたのです。いろいろなことが思い出され、涙が出てきました。父はやっぱり自分の父だったと実感したのでした。