裸のつきあい
勇二は正義感が強く、他人を常に気遣う子でした。中学二年の夏休みも過ぎたころ、学級の中でいじめらしきことが起こりました。バスケットボール部の男子が集団になって、友だちの洋介をからかうのです。気弱な洋介は、最初は笑ってごまかしていましたが、あまりにもしつこいため、だんだんと嫌がり、おびえるようになりました。「嫌なやつらだ。集団になって」と勇二は思いました。しかし、「やめろ」と止めるまでの勇気はなく、洋介の側にいることで、そんな彼等の行動がなくなればと考えていました。
ところが、いじめの矛先は、だんだん勇二にも向けられるようになりました。教室の中でも、部活動でも、仲間はずしをするような冷たい視線が注がれ、勇二はそれが気になって仕方ありません。この状況をなんとかしなければという思いと、それがどうにもならないという思いが、勇二の心の中で交錯していました。そして、勉強も部活動も本当にやる気がなくなっていきました。
そんなある日。「一緒に風呂に入ろう」と勇二は父親から声をかけられました。父親との風呂は本当に久しぶりのことです。
父親は自営業で、ふだんは一日中機械に向かって仕事をしていました。勇二には、今まで一緒に遊びに出かけたり、何かを買ってもらったりという経験は、あまりありませんでした。しかし、父親は我が子の変化を決して見逃してはいませんでした。
裸になった解放感もあり、勇二は自分の思いを父親に語りました。「気にするな。いろんな人間がいるさ。自分の思うことを、まず一生懸命やることだ。勇二ががんばっていることは、どこかでだれかが見ているさ」父親のその言葉が、なぜだか心を軽くしました。そして、父親は自分を見ていてくれるという気がしました。
しばらくして定期テストが近づいたころ、「おい、勇二。車折神社に行くぞ。御利益あるぞ」と、父親は勇二をドライブに誘いました。往復一時間あまりのドライブ。成績向上祈願と称しつつ、実は父親も勇二も心地よい親子ふれあいのひとときを楽しんだのです。そして、たまたま成績が上がったことがうれしくて、定期テストの前のドライブは必ず行われるようになりました。
勇二は今、一人の息子の父親です。「子どもたちと接する時、風呂や車の中で交わした父の言葉をよく思い出すんです」と、懐かしそうに語っていました。