初めて作った娘の手料理
二人の娘を持ちつつも、仕事をする以上は恥じないだけのことをと、夫に励まされ共働きの生活を続けてきました。いろいろな無理があり、二人の娘には我慢をさせましたが、両親の助けもあり、なんとか中学二年と小学六年にまで成長させることができました。
しかし、娘たちもそろそろ思春期となり、家庭で言葉少ない父親の存存をどうもけむたく感じているようです。夫は会社で気を遣う仕事が増え、家庭でもいらいらしていたのでしょう。娘の行動や学習ぶりの一端をとらえ、注意する一言も空回りばかりです。
冷え込みの厳しい二月のある日のことです。私はその日も仕事が遅くなり、家のことを気にしながら帰宅しました。台所をのぞいてみると、もう夕食は始まっていました。テーブルの上には、大きな鍋が置かれていました。待ちきれなくなった長女が、家族のためにと見よう見まねで、初めて作った煮込みうどんです。汁の量も煮込んだ麺の量も、あれっと思うほど多いのです。しかし、いつもは気難しい夫が、「すごいね。おいしいね」と長女をほめ、うれしそうに食べ続けていました。
翌朝、食べ残しの煮込みうどんは、汁を吸い込み、再びかなりの量に増えていました。「これは、もう食べられるものではないわね」と始末をしようとした私に、夫は「もったいない。僕が食べる」と言い、温め直して朝食としたのです。私には、その時初めて煮込みうどんを懸命に作っている娘の姿が浮かんできて、何気なく捨てようと言ったことをとても恥ずかしく思いました。
夫はもともと口数も少なく、思春期を迎えた娘の接し方には苦労していたようです。しかし、子どもたちは、親の思いをきちんと受け止めていてくれたようです。父親と娘の関係は微妙です。恥じらいもありますが、たどたどしい父親の一言であっても、十分娘の心に響いており、母親から見ると、心憎いと感じる場面がよくありました。
それから、十年後、長女は結婚しました。娘は結婚式の披露宴で「おとうさん、煮込みうどんを一生懸命食べてくれてありがとう」と、うれしかった思い出として、その日のできごとを語りました。