ノンネイティブスピーカーの英語 …英語学… 
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はじめに

●英語:国際語 世界語 地球語
 今日は、私が大学院で受け持っている「英語教育学研究」との関係で話をします。
 最近書店には「英語で人生を広げる」などのコーナーがあり、『中年英語組』、『40歳からの英語』、『英語と私』等の書籍が山積みに並んでいます。英語のコーナーはいつも充実しており、私が住んでいる岐阜県でも町の英会話教室に通っている70何歳かの女性が、アメリカからやってきたビジターグループの前で英語でスピーチをしたことが、最近の新聞記事に出ていました。このように、英語を学習する人は非常に多いのです。
 与えられた言葉について連想する言葉をどんどん膨らませていく、ブレーンストーミング(brainstorming)という手法がありますが、皆さんは「英語」ときいて最初に何を連想されるでしょうか。皆さんにとって「英語」とは何でしょうか。「英語」ときいて世界語であるとか、外国語は他にもいっぱいあるとか、英語で話すだけではなく読み書き能力を伸ばしたいとか、人それぞれに英語を学ぶ目的意識やニーズがあるでしょう。ポジティブなものもネガティブな連想も、英語が好きという人も嫌いという人もあると思います。
 私自身もまず自分にとって英語とは何だろうかと考えたのですが、英語を教えている私にとって英語は自分の生活の糧です。もう1つ挙げさせてもらえれば、未知への扉を開く手段になるということです。英語を使えるということで、英語を知っていなければできなかったことができ、知ることができたという気持ちがあり、これからもあるのではないかと期待をしています。
 私たち日本人が、外国語を学習することによって得られる価値や意義はいろいろあると考えられますが、特に英語を学ぶことにどういう意味があるでしょうか。また、ノンネイティブスピーカーとして私たちが英語を学び、使うことはどういう意味を持つのでしょうか。今日の私の話はそのようなことを考えるきっかけにしていただけたら幸いです。日本の英語教育の目的は、文部科学省が学習指導要領として出していますが、それが中学校を中心にどう変遷してきたか、教科書が今どのようになっているかを見ていきたいと思います。最終的には、母語を共有しない、日本語スピーカーではない相手と私たちが英語で話すことは、自分とは違う背景を持った人と異文化間コミュニケーションをすることになり、その際の問題点も考えていきたいと思います。
 英語は「世界語」、あるいは「地球語、global language(グローバル・ランゲージ)」とか、「国際語、international language(インターナショナル・ランゲージ)」と言われています。また、「varieties of English(バラエティーズ・オブ・イングリッシュ)」とは多様な英語であり、「world Englishes(ワールド・イングリッシーズ)」という言葉もあります。イングリッシュとは辞書によると英語という意味では、もともとは数えられない名詞ですが、今はEnglishesという複数形で使われるようになっています。実際にハワイ大学に事務局がありますが、World Englishesという学会も存在し、世界で使われているいろいろな英語を研究対象としている研究者もいます。
 このように、英語は世界語であり、これはどういう意味なのかということに今から触れていきます。ただし、The World Almanac and Book of Factsという統計の本によると、世界の言語使用者ベスト10では意外にも英語が第1位ではないのです。1位は中国語、チャイニーズであり、英語は世界第2位です。
●英語の3つの側面
 「世界の4人に1人が英語を話す」と言われていますが、なぜそんなに多くの人が話すのかというと、英語には3つの側面があるからです。
 1つ目に、英語が母語(L1)であるということです。アメリカ合衆国、カナダなどの北米、オーストラリア、ニュージーランド、イギリスなどさまざまな国があります。ただし、例えば英語が母語であるアメリカにおいて、意外なことがあります。The World Almanac and Book of Factsという統計の本にはUSセンサスというアメリカの国勢調査の情報が載っていますが、1980年には11%のアメリカ人が家庭内では英語以外の言語を使っていることがわかりました。私が知り得た一番新しいデータは1990年の国勢調査ですが、全国民の14%、つまり3,200万人が家庭では英語以外の言語を使うという結果になっています。
 その内訳で一番多いのはスペイン語で、1,700万人です。本学には外国語学部スペイン学科があり、スペイン語を学んでいる学生がアメリカやメキシコに行っていますが、アメリカでもスペイン系移民の多い地域では、スペイン語がかなり使われているので、スペイン語を勉強したことが役立ったといって帰ってくる学生がいます。また、200万人のスピーカーがいるのがドイツ語と中国語、100万人がイタリア語です。全人口の14%というかなり多くの人が家庭内では英語以外の言語を使っており、アメリカは私たちが考えるよりもmultilingual(マルチリンガル)で、いろいろな言語が使われている国といえます。
 英語を母語とする国、オーストラリアでも同じようなことがいえます。以前本学の姉妹校がオーストラリアのメルボルンにあり、そこからいらっしゃった先生が講演などで話をされたのですが、オーストラリアは多民族からなる国家であることを再確認しました。オーストラリアから本学に来た学生の名簿などを作ったところ、アングロサクソン系の英語名ではない名前が多くあり、先祖がどこの人なのかすぐにはわかりませんでした。オーストラリアはイギリス系移民から最初は始まったのですが、ギリシャやイタリア等さまざまなヨーロッパ系移民が行き、さらにアジアからの移民が今非常に増えています。そのような多民族の移民が流入している関係で、100以上の国から来た人が、母語が英語以外の80もの異なる言語背景を持っているそうです。実際に1986年の国勢調査によれば、英語以外の言語を話す人が227万5,560名で、オーストラリアでも英語以外の言語を話す人がかなり多いことがわかります。
 イギリスでも、英語の発祥地だから英語しか話されていないかと思うとそうではなく、ウェールズ語がウェールズで話されているとか、スコットランド・ゲーリック語がスコットランドの一部で話されています。私はイングランドの中西部にあるチェスターにいたことがありますが、英語ではない言語、ウェールズ語がラジオから聞こえてきました。ウェールズでは看板なども英語とウェールズ語で書かれてあり、ウェールズ語と英語のバイリンガルの人もいます。従って数的には英語以外の話者は少ないのですが、イギリスは100%英語話者の国ではないのです。
 2つ目に、英語が国内共通語(L2)の国々があります。旧英あるいは旧米植民地が多く、ガーナとかナイジェリアがあります。シンガポールは有名で、英語、中国語、マレー語、タミール語という4つの公用語があり、英語が第1公用語とされています。
 また、イギリスから独立したインドでは、英語はイギリス人が去っていっても残り、今でも国内共通語として使われています。インドもシンガポールも多民族国家で、いろいろな母語を話す人たちが一緒に住んでいる国なので、お互いにコミュニケーションをするために、あるいは国を統治するために共通語が要るのですが、それが例えばヒンズー語であれば一部の人たちの母語になるのです。そこで、だれの母語でもない英語を共通語として使う方が好まれたというわけです。シンガポールでも、今一番ドミナントに使われるのは英語です。
 3つ目に、我が日本が入ると思いますが、英語が国内の共通語として必要ではないのですが、学校で教えられている国です。日本や韓国、フランスやドイツなどヨーロッパにもかなりの国々があります。これらの国の人々は国際共通語として英語を学んでいるともいえます。
 ESLとはEnglish as a Second Language(イングリッシュ・アズ・ア・セカンド・ランゲージ)の略語で、国内共通語として使われている国がこれにあたり、英語が社会で何らかの意味を持っています。例えばシンガポールでは学校で使われる言語が英語であり、英語以外の教科が英語で教えられています。中国語の授業も1週間に3〜4時間はあるそうですが、シンガポールの中国人は英語の読み書き能力の方がむしろ強く、漢字があまり書けないそうです。子供はアルファベットで自分の名前を書き、漢字よりも英語で書く方が得意だという状況です。このように、英語がセカンド・ランゲージとして普通に使われている国に対して、日本では外国語として英語を学んでおり、ほとんどの人が日常的に使っているわけではありません。
●ノンネイティブスピーカー同士のコミュニケーション
 このような3つの側面がある英語を、母語として使うのはネイティブスピーカー、国内共通語や国際共通語として使うのはノンネイティブスピーカーになりますが、世界的規模ではノンネイティブスピーカーの数の方が圧倒的に多いという事実があります。つまり、英語でのコミュニケーションでは、母語を共有しない者同士で行うことが非常に多くなるのです。
 母語として英語を使っている人たちの英語にもかなりのバラエティーがあります。イギリス人といっても地域的な違いや社会階級によって、みんなが同じように話すわけではありません。イギリス人とアメリカ人では話し方も語彙も微妙に違います。オーストラリア人の英語も、アメリカやイギリスの英語とは違います。また、シンガポールの英語とケニアの英語とは違うし、ジャパニーズイングリッシュとほかの国々の英語も違います。私は最近フランス人と話したのですが、私が話す英語とフランス人が話す英語はやはり違うのです。それぞれの国々で特徴のある、少しずつ違った英語が話されているのが現状です。いろいろな英語が存在しますが、英語でお互いにコミュニケーションがとれるのです。
 ノンネイティブスピーカーの方が人数的には多いと言いましたが、アジアで英語を使う人の数は、アメリカ合衆国、イギリス、カナダの人口と大体同じです。これだけでも、全体的にノンネイティブスピーカーの方が多いことがわかります。
 宇多田ヒカルというシンガーがいますが、今年出したセカンドアルバム、「Distance(ディスタンス)」の全面広告には、“Can you keep a secret?”(キャン・ユー・キープ・ア・シークレット)など、英語のタイトルが非常に多くのっています。ニックネームでヒッキーと呼ばれる宇多田ヒカルの歌を聞く人は日本国外にいる、つまりアジアにもいるのです。彼女のウェブサイトには英語のコーナーがあり、英語でメッセージを書き込めることになっていますが、シンガポールや香港、中国、台湾など、彼女の歌を聞いたアジアの人たちからメッセージが寄せられています。
 “Hi、Hikky.Just a fan from Singapore dropping a note to say congratulations on your 2nd album.Your new album is great”と続いていますが、おもしろいことに「Thank you(サンキュー)」では短縮形3qが使われています。ノンネイティブスピーカーの英語なので文法的な誤りはどうしてもありますが、意味はわかります。あなたの歌には気持ちが込められていることがよくわかり、あなたの歌が大好きであると。
 このように、日本でも英語が普通に使われる状況がかなり出てきたということを、少しずつお話ししていきたいと思います。

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