愛知県ビデオコンテンツ 西澤真蔵物語
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 ◆ 真蔵の死、枝下用水の完成
濃尾大地震  喜びもつかの間、明治24年10月28日、濃尾大地震が発生。死者7,237人、全壊した建物14万棟という大きな被害を受けました。枝下用水も被害を免れませんでした。しかし、真蔵はその後も工事・修理・そして借金を繰り返し枝下用水の工事を続けたのでした。

 真蔵が工事に携わって10年目の明治30年3月1日。枝下用水の完成を見ることなく真蔵は54歳でこの世を去りました。 真蔵の死

枝下用水  その後、真蔵の意思は農民たちに受け継がれました。そして、真蔵の死から14年後の明治44年、ついに全長26キロにも及ぶ枝下用水が完成しました。

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