愛知県ビデオコンテンツ 細井平洲学者として生きる〜江戸・嚶鳴館時代〜
目次へ戻る


 ◆ 独立
細井平洲とは  細井平洲は一人の儒学者として自立し、世間から認められました。しかし、そこに至る道のりは決して楽なものではありませんでした。

 中西淡淵先生は「私にはあなたに教えることはもう何もない。これを機会に塾を構えてはどうか」と独立することを平洲に勧めました。そこで、淡淵先生の近くに小さな家を借りて玉笛樓(ぎょくてきろう)という塾を開くことにしました。 玉笛樓

決意を新たに  平洲は、独立した時に淡淵先生から茶碗を頂きました。平洲はこの茶碗を見て、「将来失敗しても成功しても、私の志は何も変わらない。学者として学問を通して世のため人のために役立つ人になるのだ」という決意を新たにしました。

映像があります 映像を見る・・・<約3分53秒> start をクリック! 


←もどる 目次 すすむ→