親のための子育て経験談集 
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【その他事例1】 子どもを愛せない・・・

   私は4歳女児の母親。現在2人目を妊娠している。
 自分は子どもが好きではない。今でも産むことを迷っている。子どものためには一人っ子よりは二人のほうが良いのではと考える。
 本当は子どもを産みたくは無かった。でも夫や両親から強く望まれ、出産した子どもは女の子。女の子だったので、私の母がそうしたように、子どもがあまり好きではない第二の自分を創ってしまうのではないかと、罪の意識を感じてしまう。それなのに2人目までも妊娠してしまって・・・・。
 
 子どもの事を考えると、自分の幼少の頃を思い出しとても悲しい思いになる。子どもを産まなかったら、自分の過去の嫌なことを思い出さずにすんだのにと思うと、余計に子どもがうっとうしく腹立たしく思えてくる。
 私は母親から愛された思い出が無く、幼少期から両親の不仲(父親が母親に暴力を振るう)や、祖父母と母親との関係のまずさを見て育ってきた。
 大人たちの関係がうまく行かないのは『私が悪い子だからかもしれない』といつも自分を責めていた。両親(特に母親)は何か嫌なことがあると立場の弱い子どもの私にあたっていた。それも私がいい子でいないから母親が叱っているのだ、自分が悪いのだといつも自分を責め続けながら大きくなってきた。
 母親は私との関係を作る人、子どもの相手をしてくれるような人ではなかった。私は母にかまって欲しくてわざと叱られるようなことをしても、母はそれすらしてくれなかった。そのくせ私の親は、私が自分のしたいことをいくら伝えても、最終的な決定権をにぎっていて、私の好きなこと、やりたいことを何もさせてくれなかった。
 こんな親から逃げ出したいとも思ったが『自分がいなければうちの家族はどうなるのだろう』とも考えた。だんだん自分の感情がわからなくなり、また自分は何をしたいのかもわからず、大人たちの世界の中で子どもながらいろいろ気を遣い、大人になったような気がする。

 私が何をしても決してほめてくれない親に育てられ、いつも自分を押さえて我慢ばかりしてきた。人が信じられなかった。こんな自分でも社会に出て就職し、現在の夫と巡り合った。この人なら自分を理解してくれると思い、結婚した。夫には自分の過去を打ち明け、子どもを持つ自信がないことも伝えた。二人の気持ちさえ合えば、子どもがいなくてもうまくやっていけると思った。でも、月日がたつうちに、夫や夫の両親が子どもを切望するようになった。
 子どもを望まれたとき、上手に育てられなかったら自分と同じような経過をたどって大人になるのではと思い、とても怖くなった。けれど子どもがいた方が、もっと夫が私のことをかまってくれ、大切にしてくれるのではないかとも思った。夫と私は私の両親のように不仲ではないので、夫と一緒に考えながら夫の助けを借りながら子育てが出来るのではと希望も持ってみた。
 でも子どもが言うことを聞かないのは私を困らせるためではないかと思うと、とても腹がたちイライラしてつい子どもにあたってしまったり、手が出てしまったりする。私は母のようにはならず、子どもを愛するよい母親になりたいと思っていたのに、気がつくと母と同じようなことをしている。子どもに「あっちへ行って!」とか「もう顔もみたくない」とか、「ママを困らせたくてわざとやってるんでしょう!」などと言ってしまう。そういうことをやってしまうと後悔し、涙が出てきてしまう。
 私は家庭をちゃんと守って家事もきちんとして、子どもを可愛がるよい母親になりたかったのに・・・・。けれど私がしているのは理想とは反対のこと・・・・。

 夫は子どもを可愛がり、休日になるとよく遊んでくれる。公園や遊園地にも連れて行ってくれる。夫や夫の両親も孫を可愛がってくれ、服や玩具などをクリスマスでも誕生日でもないのに買ってくれる。それを見ていると、私は子どものころ親や祖父母からこんなふうに相手をしてもらったり、何かを買ってもらったりしたことがないということが思い出されて・・・・わが子がねたましく、憎らしくなってしまう。夫や義父母の前ではやらないけれど、子どもと二人になると『私はこんな事してもらわなかった、なのに子どもはこんなにも皆に愛されている』と思い子どもにあたってしまう。
 『これではいけない、何とかしなくては』と思ってもどうしたらよいか・・・・自分の親には絶対こんなこと言えないし、義父母にも言えない。結婚する時に私の子ども時代のことを夫に打ち明けてあるけれど、子どもを持った今でも私が過去にとらわれているとは夫は全く思っていないようだ。夫のいない時に私が子どもを叩いたり、言葉の暴力を浴びせていることがあるなんて、夫は全く知らないと思う。こんなこと夫にも打ち明けられない・・まして友達には・・・・ 

  八方ふさがりになりイライラしたり落ち込んだりしている時、偶然、電話相談があることを知った。そこで子どもにあたりそうになった時、思い切って勇気を振り絞って、電話相談にかけてみた。最初は怖くて、『こんなこと話したら』と思うと相手が出る前に電話を切ってしまった。『でもやっぱりこんな現実を何とかしなくては』ともう一度かけてみた。今度は切らずに。名前は言いたくないと思っていたが尋ねられることもなかった。私のやっていることを話すと、「母親なのに何やっているの!」と叱られたりお説教をくらうのかと思ったら、全然そうではなかった。私の話を相づちを打ちながら聞いてくれ、「あなたのご両親はあなたを無視し、優しい言葉がけをしてくれなかったのね。でもあなたは一生懸命子どものことを考えて、可愛がろうとしている。あなたは充分に子どものことを考えて、頑張っているのね」と言ってくれた。また「家事も育児もきちんとやろうとすると大変よ。手を抜けるところは抜かないと。あなたはどちらも一生懸命やっているじゃない」とも言ってくれた。こんな私なのにほめてくれた・・・・。
 「子どもの世話をしている母親が、いつも子どもを可愛いと思える訳ではないのよ。時には腹が立つこともあるわ。みんな多かれ少なかれそういう気持ちを持つものなのよ。だからそんなに自分を責めたりしないでね。あなたは頑張ってやっているのだから」とも言われた。私のやっていることを責められるのかと思ったら、そうではなくあなたも頑張っているのね、と言って貰えた・・・・何かとても嬉しくて涙が止まらなかった・・・・「またいつでも電話してね」とも言われた。

 言われてみれば「ママなんか大嫌い」と言っていた子どもが、少しすると「ママァ」と甘えてくる。子どもがわがままを言うのは私を信頼しているからかな?私がいらついていて自己嫌悪感を感じ、ふて寝みたいな感じで横たわっていると「ママ、大丈夫?」と娘が私の顔を覗き込んでくれた。あんなにひどいことをしたのに、この子は私のことを小さいながら心配してくれている・・・・。おびえて気を遣って、ビクビクしながら親の顔色を見ていた子どものころの私とは違って、この子は心底私の事を案じてくれている。『私の子育て、そんなに間違っていないのかも』とちょっとだけ思えるようになった。いらついたり落ち込んだりしたときはまた電話すればいいと思うと、少し気が楽になった。

<本体験で参考となること>
@ 一人で思い悩み、イライラしたり落ち込んだりしていないで、思い切って電話相談に電話してみたこと。匿名で相談にのってもらうことができ、今まで誰にも言えなかったことを聞いてもらうことができたこと。
A 人に話を聞いてもらうことで、悩んでいるのは自分だけでない事がわかったこと。
B 電話相談を利用すると、自宅でもどこからでも(わざわざ出向かなくとも)相談でき自分のペースでかけたり切ったりできること。
C 体験を話すことにより、気持ちの整理、確認ができること。
D 電話をかけたことにより、今日の自分の状態が把握できること。

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