心のしくみ 
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人間の心を理解する


 21世紀がまもなく始まりますけれども、これから21世紀にかけては『心の時代』と言われています。現代のように社会情況が急激に変化する世の中では、とにかく人間の心をよく理解していただくことがまず大事ではないかと思います。皆さんは、『心が痛む』とか、『心残り』とか、よく心という言葉をお使いになります。ところが、「心とは何ですか」とお尋ねすると、なかなか答えられないと思います。心理学者の中でも「心とは一体何なのか」、「心をどう定義したらよいのか」ということについては共通した認識はないようです。ですから、人間の心というのは非常に難しい存在なのです。これから、人間の心がどのようになっているのかということについて、お話していきたいと思います。
 人間の心は、特徴として生物的な存在であると同時に社会的存在であるという特性をもっているということです。今から私は、主として生物的存在としての人間について図を使って説明します。
図1 心身相関図(身体と外部環境)
内山道明 1997
 図1の中の大きい丸が人間の身体です。人間の身体が丸いというわけではありませんが、人間の身体をこの大きい丸で示したと思ってください。大きい丸の中が自分という領域です。自分と、他者という自他の区別をしますが、他というのはこの大きい丸の外側の部分です。ですから、その外側の部分は環境になります。外の環境と、自分という人間(私)の境界は一般的には体の表面をおおっている皮膚によって区切られています。しかし、単純に皮膚が境界だと言いましても、例えば、メガネはどうだとか、腕時計はどうだとか、あるいは衣類はどうだとかということが問題になります。そのような身の回りの装飾品なども自分に入れる場合がありますし、入れない場合もあります。一般的に言ってニューロティック(神経症的)な時には、自分の周辺に他者がきますと、何か自分が侵されたような気持ちをもつものです。例えば、今皆様は隣の方と部分的に触れたりしてお座りになっていらっしゃいます。皆様が非常にニューロティックな状態の時にはこの境界が広がって、かなり離れていても自分を侵害しているような印象を抱くものです。
 一応理論的には、外の環境と自分との境界は皮膚面です。そして、大きい丸(身体)の中の小さい丸が脳です。要するに心の場です。具体的には心とは人間の頭の中の脳での出来事のことを言っています。この身体と外の環境と、心や脳の中がどのような関係になって作用しあっているかということをこれから図1で説明していきます。
 大きい丸は身体でした。この身体の外を外部環境と言います。外部環境から刺激が入ってきます。身体への入り口は目、耳、鼻、皮膚、舌の五感と呼ばれる器官です。外部から五感を通して刺激として入ってきます。すると、この刺激は興奮となり(図1では波型で表している)、知覚神経系、あるいはアファレントナーバスシステム、あるいは、求心性神経系というところを通って小さい丸(脳)にきます。そして、その興奮が脳というところである生理的な出来事やプロセスを営んだり、(図1では小さい丸の中に波型で表す)します。その結果、今度は遠心性神経系、つまり運動神経系を通って外へ出ていきます。この外へ出るのが人の態度であったり、表情であったり、行動であったりするわけです。そして、ひとつ大事なことは、外へあらわれた動作、表情、行動などがまたフィードバックして、五感へ刺激として入り、それが興奮となり脳にやってきます。このように連続したフィードバックループをなしているのが人間の体です。
 エアコンやコタツなどの冷暖房器具で、自動的に電源が入ったり切れたりして気温を調節するシステムがあります。それらはこのような人間のフィードバックループをまねて機械化した物に他ならないのです。
 『人間の心の中(脳)で起きる生理的な出来事』や、あるいは『脳で一体何が起きているかということ』が理解できれば、人間は分かったようなものです。ところが、それがなかなか分からないのです。脳生理学者が一生懸命に研究していますが、まだ脳で起きる生理的なプロセス、生理的な出来事が見つかっていないのです。今のところ、現在の人間の心について、「脳で何が起きているかは分からないけれど、何か生理学的な変化が起きていて、その結果、遠心性神経系(運動神経系)を通って動作や行動になってあらわれる」と考えられています。
 人間の脳は図1では一番小さい丸で表されています。人間の心は身体の中にありますので、当然身体の影響を受けています。ですから脳(人間の心)にとって、大きな丸の外を外部環境と言うのに対して、大きな丸の中を内部環境と呼びます。
 まとめて言いますと、私は、「外部環境のもとで内部環境の中にある脳で起きるある生理学的な出来事が人間の心の働き、心の動きだ」と定義すべきだと思います。

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